『セフィロス。本当に…。ああ…、夢のようだ』
指示通りに生体認証をすませてプログラムを実行すると、ほこりをかぶって沈黙していたシステムのいくつかが息を吹き返した。
ホログラフィーによって映し出された初老の男の立体映像がこちらを向いてしゃべっている。激しいノイズで時おり映像が揺らぎ、雑音が生じていた。
目の前に揺らめいている男についての一般的な知識はあった。<神羅>という巨大企業が擁する科学部門の責任者でもあり、<ソルジャー>の生みの親。
「宝条博士……なのか?」
『私を覚えているのかね? それは喜ばしい。ソルジャーの生みの親でもある狂気の科学者は有名だったからな。しかし、セフィロス。私がお前の父親であることはどうだ?』
セフィロスは思わずそこにあったテーブルに片手をついて寄りかかった。右手を額にあてて左右に首を振る。
目覚めるまでの長い時間を、自分は深い海の中で眠るように過ごしていた。
では、その前は……? その前自分は何をしていたのだろう?
わからない。自分自身のことは何一つ知らないのだ。
「……そうなのか。俺には自分自身に関わる記憶が無い。名前ですら、今思い出したばかりだ」
『やはりそうか……。お前をライフストリームに固定していたあのポッドだが…。ライフストリームから魔晄を取り込み、その力でお前の肉体を再生するためのものなのだ。
しかし、それだけではない。お前の脳波に反応していてな。脳波にマイナスの影響を与える記憶や知識を分断して遮断する仕組みになっていたのだよ。
ただ単に、肉体を再生するなら100年などという長い時間は必要ない。だが、ジェノバの悪影響を排除して再生するとなるとな。時間をかけるしか、方法がなかったのだよ。
……ふむ。個人的な記憶が一切無いとなると、お前の以前の人生には、遮断されてしまうような記憶しかなかったということになるな……。すまない……。親として幸せな記憶のひとつもない人生にお前を送り出してしまったことを、どうして詫びたらいいものか…』
宝条博士のホログラフィーがかるく頭を下げるのを見て、また目眩がした。
───この立体映像はいったい何なのだ? 俺は今、誰と会話をしているんだ?
「100年!? 俺の肉体を再生するだと? どういうことなんだ……。」
『いやなに、100年前なのだよ。殺されたお前の身体を回収して再生実験をスタートしたのは。私の人生の最高傑作でもあるお前をみすみす殺されたまま、放っておくわけにもいかんのでな、クックック……』
「俺は、殺されたのか?」
『うむ。お前は過去に2度殺されている。一度目は5年の時間をかけで再生したようだな。ジェノバの支配下で、だがな……。
だがそのような辛い過去は思い出す必要も無いのだよ、セフィロス。これからのお前の人生には、関係のないことだ』
「なぜ、俺を再生した?」
『そのことだがな、セフィロス。言い訳めいて聞こえると思うのだが……、どうか話をさせてくれ。
かつて私は、発掘されたジェノバ細胞を研究する中で、ひとつの可能性に思い至った。ジェノバの特性を利用して人間の持つ弱点を克服し、新しい種とすることができるのではないか、と。
私は取り憑かれたように研究に明け暮れた。そして、その最初の成功例がお前だよ。私は我が子を新しい種、比類無き最強の存在にしたのだよ。お前は実に素晴らしかった…。だが、なぜかそのあと失敗ばかりでな。
まあ、それはいい。ともかく私はお前という成功例に有頂天になっていたのだよ。しかし、ジェノバの力をあなどりすぎていたようだ。お前はなぜか狂い始め、狂気のうちにジェノバの支配下に置かれてしまった…。
私は、科学者としての欲望からお前という存在を生み出したが、そのとき同時に父親としてお前を愛する気持ちを封じ込めてしまったらしいな。本当にすまなく思っている』
宝条博士はそこでいったん言葉を切り、沈黙した。システム本体から延びているカメラがゆっくりと上下している。セフィロスをくまなく観察している。博士は、ひと呼吸おくと再び話しはじめた。
『この仮想空間の中にいる人格は、そのとき封じてしまった私の一部なのだよ。どうやら、私は最後の狂気に走る前、自分で封印していた存在をここの仮想空間にバックアップしていたらしいのだ。宝条としての生身の身体が消滅した時に起動するようになっていた。
いやなに、私は自分自身の身体にもジェノバを注入したんだ。最後にはモンスター化して殺されてしまったんだよ、クックック。
私の人生での心残りはセフィロス、お前のことだけだ。
私の野望のために犠牲にしてしまった、失われたお前の人生、お前の幸せを取り戻してやりたかった……。だから、再生実験をスタートした。実験ばかりで、すまんな。私にはこれしか取り柄が無いんだよ。
なにをしたところで、お前に許されるとは思っていないが…』
奇妙な居心地の悪さを感じて、組んでいた腕をほどき、所在無さげに宙をさまよった腕を、もう一度胸の前で組んだ。
荒唐無稽にも思える話を聞かされたばかりで、なんと返事をすればいいのか、全くわからなかった。セフィロスが言葉に詰まって黙っていると、ホログラフィーの宝条博士はいつまでも静止していた。
今度は返事をしなければ、いけないらしい。
「………。気にするな。全く覚えていないのだから、どうということは無い」
『今のお前の身体にもまだジェノバ細胞は入ったままだ。だが、狂気の気配はないはず。この100年という時間は、お前の肉体をジェノバの影響を最小限にとどめて再生するために必要だった長さだ。
お前が自我をしっかりと保ち、自分自身を愛する気持ちを持ち続けることが出来れば、支配されることは無いはずだ。出来ればこのまま過去のことは何も思い出さず、新しい人生を幸せに歩んで欲しいと願っている』
───幸せな人生とは何なのか。
今のセフィロスにはわからない。うつろな思いを抱き、宝条を見つめる。
突然記憶の無い状態で目覚め、幸せに生きろと言われても、いったい自分はどう生きていけば良いというのか見当もつかない。
しかし、ひとつだけわかっていることがある。“光”だ。黄金の“光”を思い浮かべるだけで、胸の内が暖かさで満ちてくる。
───どうしてもあの“光”の正体を知らなければ。そして“光”をこの手に取り戻さなければ!
あの光を取り戻せば、自分が今ここにある意味がわかる。そう思えてならない。
『セフィロス、私のこの便宜的な命は、これらのシステムがものとして壊れる時、同時に終わる。私にできることがもしあれば、また訪ねて来てくれ。このシステムはお前にしか解除できんのだよ。
それと……、お前のこと、この実験のことを知っている者がおるようだ。このシステムに何者かが何度もアクセスしていた痕跡がある。お前が復活したことは不必要に知られないほうがいいだろう。注意しなさい』
プログラム<hojo>は、そこまでで突然終了してしまった。
全てのデバイスが一斉に沈黙し、再び室内は静寂で満たされた。
───言いたいことだけ言い逃げか。
ジュラルミンのケースには、キチンとたたまれた衣類などの旅装一式が入っていた。セフィロスは自分の身体を覆う、ぼろくずのような布に目を落とし、清潔な衣類に手を伸ばした。
黒いシャツとパンツ。黒いコート。ブーツと手袋。自分のためにここに置かれていたのだろう、身体にぴったり合っている。
───仮想空間から、手配することはできないだろうに……。
訝しく思いながらも、宝条の研究所を後にした。
セフィロスが目覚めを迎えた海岸はミディールの反対、島の北側に位置しているようだった。とにかく大陸へ渡り、この星でもっとも大きな都市であるミッドガルへ行くべきだと考えていた。
自分が目覚めるまでに100年の歳月が流れているのだとすると、まずはこの目で時代の移り変わりを確かめなければならない。
今日は快晴で空気も澄んでいる。大陸ははっきりとその姿を見せていた。
ここから東大陸までは、小島が連なる浅瀬が続いている。研究所の裏手に係留されていたモーターボートでなんとか渡航することはできるだろう。
大型エンジン付きの船を探すとすれば、いったんミディール村まで南下しなければならず、かなりの時間がかかる。
今はとにかく時間が惜しい。
幸いエンジンは軽快な音を立てて動いてくれた。予備の燃料も研究所の倉庫で見つけたものがあった。
研究所にあったジュラルミンケースには旅装のほかに、現金、刀剣類、小型火器、携帯食糧などが用意されていた。
その中から現金と携帯食糧、やや大振りのナイフをひとつだけ選んだ。
小さなザックに詰めて、ボートに放り込む。舫いを解き、自分も飛び乗った。
航海中、幸いにも好天に恵まれ波は穏やかだった。
夜間、星座との位置関係で進行方向を見失わないですんだのは、ライフストリームから得た膨大な知識の賜物である。
それでも、小島の連なる海域でなければ、無事に渡航することは危うかったかもしれない。
思いがけず早い潮流に出合い、操舵に苦心することもあった。
コンドルフォートに近い東大陸の南岸に上陸できた時には、思わず大きく息をついた。