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第一章 長き眠りの果てに

二章 砂の国にて(1)

 かつて、ミスリルマインの東の麓には巨大な湿地がひろがり、その先はグラスランドの名が示すとおり、丈の低い柔らかな草が風にたなびくのどかな風景が広がっていた。
 いま、眼前に広がるのは見渡す限りの砂漠だ。乾いた岩と、カサカサと乾いた音を立てて転がるタンブルウィード。ときおり立ち枯れたまばらな木立がある。
 ミスリルマインの山を下りて、ここを歩き始めて二昼夜になるが、川や池、小さな水場すら見かけない。
 強い陽射しが肌を灼き、絶え間ない風が砂を巻き上げて歩みを阻む。コートの襟を立てて、口元を覆わなければ、呼吸もままならない。夜は、急激に気温が下がっているようだ。

 山の東側に来てからは、セフィロスを意図的に狙ってくるように感じるモンスターはいなかった。この過酷な環境下では、モンスターたちといえども生きていくことは難しいだろう。
 このあたりの“名物”でもあったミドガルズオルムも、住処を失ってしまったようだ。時おり、甲虫のような小型の生物が姿を見せるが、こちらを気にするでもなく淡々と視界を横切っていく。

 セフィロスはただひたすら北東へ歩き続けていた。ミスリルマインの山中でズーの鈎爪に追われ、傷ついた身体は、一度の短い眠りで完全に回復していた。左肩にある抉られた傷は手探りしてみると、かなり深く裂けているようだった。しかし、二日たった今ではもう完全に乾いて新しい肉が盛り上がっている。
 携帯用の水はすでに使い切っていたが、渇きが彼を苦しめることも無かった。
───この身体はずいぶんと頑丈にできているらしいな。
  
 ミスリルマインから北へ連なる山脈の上に、黒く点々とした影が移動するのが見えた。立ち止まって目を凝らすと、それは航空機の機影だった。見覚えのある飛空挺や、プロペラ機とは異なった形状をしている。もっとほっそりとしたボディーに長い両翼を備えている。思いがけない速度で機団は北へと去っていった。

 視線を戻すと、赤い影が視界の隅に入った。いつからだろうか、研究所のそばで見かけた赤い獣が姿を現し、一定の距離を保ちながらセフィロスのあとを付いてきていたのだ。自分の存在を隠すということもなく、追走をあからさまにしている。彼は構わずに先を急いだ。

 かつて、チョコボファームがあったあたりを通り過ぎると、セフィロスはかすかな地鳴りを感じ取った。立ち止まったとたん、足元からドーンという衝撃が突き上げてきた。大量の砂が噴き上がりランドウォームが姿を現した。人間の二倍はありそうな体長だが、この種としては小型になるだろう。
 間一髪で大きく跳びすさると、セフィロスはモンスターとの間合いを充分に取って着地した。
 テリトリーを侵したか、進路を遮ってしまったのだろうか。ランドウォームはセフィロスに向かって敵意をみなぎらせ身をくねらせている。

───戦うか?
 左手が熱くじっとりと汗ばんでくるような違和感を覚えた。手のひらがチリチリと熱くなり、エネルギーが集中してくる。
 ミスリルマインで左肩に傷を受けて以来、この左手の違和感が頻繁に起こるようになっていた。
───これは、おそらく魔晄・・・
 傷が見る間に塞がり、通常では考えられない速度で治っていったのは、自分の身体が魔晄エネルギーを引き出していたからなのか。

 モンスターへの戦意が高まるにつれて、魔晄が手のひらに集まり始めた。このまま、魔晄を引き上げ続ければ、それは凶暴な破壊エネルギーの固まりとなるのかもしれない。
 セフィロスは左手に集中していた意識をそらした。
 一気に高く跳躍するとランドウォームの背中をひと蹴りしてさらに飛び上がり、その背後へ着地した。
 振り返ると、ランドウォームはこちらの姿を見失ってしまったようだ。しかし、あたりにはいまだに不穏な地鳴りが続いている。
 そのまま、先を急いだ。

 前方に、数十メートルにも達する勢いで砂が舞い上がり、爆風が吹き付けてきた。二匹の巨大なウォームの姿を見つけた。先ほど見かけたランドウォームではない。小山のように大きなウォームだ。口の周りが巨大な花びらのように開いている。
 そばには立ち往生するキャラバン。チョコボを懸命に走らせて地鳴りのする場所から逃げて来たようだが、ここまで来てはさまれてしまったらしい。
 荷車からわらわらと人が飛び出して来た。数人の男たちが素早くショットガンを構えるのが見える。
 セフィロスは飛ぶように疾駆した。モンスターまでの距離は200メートルあまり。
───間に合うか?

 

「ロビンっ!急いでっ!」
 赤ん坊を抱いた母親が、子供を先に降ろそうとしていた。
 そこへ巨大ウォームが体当たりの一撃を加えようと振りかぶってくる。
 母親は恐怖に引きつりながらも、子供をかばうように抱き込んだ。
 男たちのショットガンは正確にモンスターの身体を撃っているのだが、その動きを止めることはできない。
「かあさん!」
 モンスターの頭部が親子の眼前にせまってきた時、銀色の軌跡が彼らの目の前を横切った。
 ウォームが、どうと音を立てて横ざまに倒れる。
 母親は急いで荷車の陰に走り込み、モンスターの方を振り返る。そこには黒いコートをまとった背の高い男の後ろ姿があった。握りしめられた左手の拳は淡く薄緑色の燐光を発している。
 ウォームはブルリと身震いすると再び身をくねらせ、今度は気味の悪い口をうごめかせている。
 セフィロスは素早く振り返ると親子に声をかけた。
「消化液だ! その陰から出るなよ!」

 一撃目は無意識だった。渾身の力でウォームの体側に拳を突き出した。信じがたい勢いでウォームの巨体が吹っ飛んだ。
 そのあと、自分の拳を見て何が起こっていたのかを理解できた。左手の拳は、大地から引き上げられた魔晄の力をまとっているようだった。マテリアも無しに、なぜこんな事ができるのかはわからない。
 しかし、今はもう一度その力を使うつもりだ。

 セフィロスは左手に意識を集中してみた。ジンジンと手のひらが熱くなり、やがて拳全体が魔晄の力に包み込まれる。
 右手に構えたナイフのグリップにその左手を添え、ウォームの胸元をめがけて走り込んだ。
 ウォームに突きささったナイフの先端から魔晄がほとばしり、刃渡り以上に深く傷を与えている。
 セフィロスはそのまま地を蹴り、ウォームの腹を切り上げた。
 モンスターに断末魔の痙攣が走る。置き土産とばかりに口から消化液が噴出する。
 セフィロスは空中で斜めに身をよじって消化液の雨をかわしながら着地した。
 荷車の陰になった親子に目をやると、もう一匹のウォームが、あたりの空気をふるわせて、吸い込みをはじめようとしていた。

───まずいっ!

 セフィロスが再び空中に舞い上がろうとした時、赤い獣がくるりと回転しながらウォームに体当たりし、吸い込みの準備行動を止めた。
 獣はそのままウォームの背中に食らいつくと、たてがみに付けたクリップを魔晄色に光らせた。
「ファイガ!」
 一瞬にしてウォームは劫火に包まれ、やがてぐずぐずと崩れ落ちていった。

 いつの間にか獣はモンスターの身体から離れ、荷車の親子の傍からセフィロスをじっと見つめている。
 キャラバンの男たちはショットガンを下ろし、口々に感嘆の声を上げる。
「おお、助かった!」
「星の護り手さまが来てくださった!」
「なんと、ありがたい!」
 強い視線を交わらせていたセフィロスと赤い獣は、興奮に目を輝かせたキャラバンの一行にぐるりと取り囲まれていた。

「うっ、う〜ん……」
「ロビンっ! まあ、ロビン、怪我をしているの?」
 子供の足もとにかがみ込んだ母親が息をのむ。
 セフィロスは思わず子供の様子を見ようと駆け寄る。赤い獣はそんなセフィロスを注意深く見守っていた。
「見せてみろ」
 セフィロスは子供を膝の上に座らせた。
 消化液のしぶきがかかったのだろう、半ズボンから伸びた細い脚は、膝から下が赤くやけどのようにただれている。
 顔色を確認しようと、顔に張り付いた黒髪を手でかきのけてみた。
 痛みをこらえているのか、歯を食いしばり、涙のにじむ目をぎゅっと閉じた白い顔が見えた。

「水はあるか?」
 年かさの男が水筒を差し出す。セフィロスは子供の目を見つめながら言った。
「大丈夫だ。少しじっとしていろ」
 水筒の水でただれた部分をきれいに洗い流すと、子供はビクンと身体をこわばらせた。
 セフィロスは左手を子供のすねにかざした。薄い緑色の燐光がふんわりと傷をつつみ、見る間に白い肌が甦っていく。
「わあぁ……」
「おお! 素晴らしい力だ!」
「さすがは星の護り手さまのお仲間やなぁ!」

 子供は目をまんまるに見開いてセフィロスを見つめている。こぼれそうに大きな黒い瞳。まつげにはまだ涙のしずくが光っている。
 セフィロスは心がざわめくのを感じた。涙にぬれて輝く、大きな瞳を見ていると、何かを思い出しそうな気がする。
───この瞳に似た輝きを、100年前、どこかで見たのかもしれないな。
 セフィロスは子供を膝から降ろし、そっと砂の上に立たせてみた。

「ロビン、お礼を」
「あ、ありがとう」
 セフィロスは軽く頷く。
「どうだ? 痛みは引いたか?」
「うん、なんだかくすぐったかった」
 子供がにっこりと微笑むと、セフィロスを見つめる瞳が細くなり、かわりに、白い歯がこぼれた。
 思わずセフィロスもかすかな微笑みを浮かべる。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいやら……」
 母親も興奮覚めやらぬといった風情の赤い頬をして、涙を押さえながら微笑んだ。

 そこへ五十がらみの口ひげをたくわえた男が近づき、赤い獣に向かって深々と頭を下げる。
「ほんまに、えらい目に遭うところでした。おおきに、おおきに。ありがとうございました」
 次にセフィロスの手をとってブンブンと上下にふり、口から泡を飛ばさんばかりの勢いで話しはじめた。
「わしはこのキャラバンの隊長でシンジ、言います。おかげで荷物もほとんどが無事や。いや〜、どうなることかと冷や汗が出ましたわ。星の護り手さまとお仲間に危ないところを助けてもらえるやなんて、わしらは運が良かった。一生自慢できますわ。
そうや!この先2kmほど行ったら、ちょっとしたオアシスがあるんですわ。そこやったら、こんな砂のモンスターも出えへんし、今晩はそこでキャンプすることにします。火をおこして、久しぶりのちゃんとした料理しますよって、ぜひ星の護り手さまと兄さん、一緒に食べてってくださいや」
「チョコボは…」
 逃げてしまったのではないのかと、セフィロスは言おうとしたのだが、最後までは言わせてもらえなかった。
「なあに、チョコボはビックリしただけや。一晩たったら、自分でわしらを見つけて帰ってきよる。荷車は大丈夫、わしらが押していきます」
 大きな声で、早口でまくしたてる。一言も口を挟めないまま、同行することが決定してしまった。

───仲間、か。
 説明するのも面倒だ。
 赤い獣のほうに異存があれば否定するだろうと思い、ちらりと見るが、とくに気にしている風でもない。
 キャラバンの男たちは、大きなかけ声をかけあいながら、荷車を押している。手伝うというセフィロスの申し出は、断られてしまった。
「そのかわり、兄さんたちはモンスターが出た時にな、またよろしゅう頼んます!」
 汗を滴らせ、白い歯を見せて隊員たちが笑う。仕方なく、少し後方からゆっくりとした足取りでついていく。

 前を行く荷車の後ろの幌が強い風にあおられて半分捲り上げられ、ロビンが細い足を出してぶらぶらさせているのが見えている。怖い目にあったというので、特別に乗ったままにさせてもらったらしい。セフィロスの方を見て、にっこりと笑いかけて手を振っている。
 軽く右手を上げて応えたあと、セフィロスは赤い獣を振り返った。赤い獣はウォームとの戦いのあと、静かにキャラバン隊に付き従っていた。しばらく同行するつもりなのだろうか。警戒するような視線を四方にむけ、時おりその鋭い目がセフィロスにも注がれている。

 セフィロスは思い切って赤い獣に話しかけてみた。
「話せるんだろう?」
 じろりと片目が見上げてくる。
「さっき、『ファイガ』を詠唱していたな」
 仕方が無いな、と言わんばかりにため息をついた獣は、案外に優しい声音を出した。
「私が喋ると……みんな驚く。知ってるだろう? セフィロス」
「! 俺を知っているのか!?」
 セフィロスは驚いて聞き返した。すると赤い獣は片方だけの目を一瞬見開き、考え込むように首をかしげ、立ち止まった。
「もしや、記憶が無いのか?」
「……ああ、思い出したのは……名前だけだ」

 沈黙したまま、ふたりは再び歩き始めた。
 遠く見えていた山が、知らないうちにかなり近づいている。
 セフィロスが口を開いた。
「俺を知っているというのは、やはり、100年以上前のことなのか?」
「無論、そうだ」
「俺とお前は……、その……、どういう関わりだったんだ?」
 獣はセフィロスから目をそらして、まばたきを繰り返した。
「………………いろいろ、複雑で……話しにくい」
 歯切れの悪い返事だ。セフィロスは少し声を落としてさらに質問した。
「もしかして……、俺が2度死んだことと、関係しているのか?」
 赤い獣はあからさまに狼狽の色を濃くした。
「セ、セフィロス……。もう質問は止めてくないか。オイラには上手く説明できない……」
「オイラ……」
その頼りなく子供っぽい口調に、セフィロスが驚きの表情を見せると、獣はさらに慌てて、
「そうだよ!オイラはまだ若いんだよ! 『護り手さま』なんて呼んで、年寄り扱いしないでくれよ! 覚えてないなら教えてやる! オイラの名前はナナキだ。またの名前をレッドサーティーンって言うんだ。どうだ! 思い出したか?」
「…………いや。思い出さない」
「べ、別に思い出さなくてもいいよ!」
 ナナキはたてがみを逆立てた。
 炎の揺れるしっぽを低く伸ばし、キャラバン隊の先頭へ駆けていった。



『In A Silent Way』 第一部 二章 砂の国にて(1) 2006.01.19 up

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