一行はグラスランドエリアからミッドガルエリアへ抜ける狭い谷あいの、入り口ちかくに野営場所を決めた。西側からせり出した山の岩盤から細い湧き水がこぼれ、その周囲だけに低木と雑草がかろうじて育った小さな窪地だ。オアシスというには潤いの少ない場所だったが、広い砂漠を越えてきた一行にとってはまさに一息入れるにふさわしい場所だろう。
キャラバンの隊員はテキパキと自分たちの仕事をこなした。あっという間にテントが立ち、火がおこされ、食事の用意が始まる。たき火を囲んで温かいシチューが供される頃には、日はとっぷりと暮れていた。
キャラバンには男性が5人と女性が1人。子供はロビンと赤ん坊だけだった。それぞれ思い思いのスタイルで火のそばでくつろいでいる。
隊長のシンジがセフィロスに赤ワインの入ったカップを渡しながら言った。
「そうか、兄さんは記憶喪失なんか……。そら、たいへんやなあ」
ナナキが喋れないふうを装っているため、質問攻めにあったセフィロスは、いつの間にやら、気づいたら海岸にいたのだと、話をさせられていた。
「わしらは年に何度か商品を積んでジュノン、エッジ、それにカームを行き来しとるんや。いつもは女と子供はおらんのやで」
「エッジ?」
「ああ、ミッドガルの横っちょにある街や。今回はメアリーと子供たちをエッジの実家へ送り届けることになっとっるんや。メアリーの連れ合いが、亡くなったさかいな」
「……」
セフィロスはそっとメアリーを見た。静かに目を伏せたまま身体を揺らし、赤ん坊の背をトントンとたたいている。
「モンスターにやられた!」
ロビンが大きな声で言い放った。
「とうさんはとっても強かったのに! ずっとずっと、ロビンのこと守ってくれたのに……」
何も言わないメアリーに代わって、シンジが口を開く。
「このところ、わしら人間は分が悪いさかいな。爺さん、そのまた爺さんの代からずっと伝わってたモンスターの知識が役に立たんようになったさかいなあ」
「なぜ役に立たないのだ?」
「そらぁ、兄さんみたいに強かったら、どんなモンスターでも大丈夫やろうけどな。わしらにとってはモンスターの弱点やら、出現ポイントなんかの情報は貴重なんや。できるだけ、彼奴らと出会わんように、逃げ切れるように、みんなそれを頼りに旅を続けとるんや」
セフィロスは頷く。
「けど、こんだけ土地の環境が変わってしもうたんや。棲んどるモンスターも爺さんが残した帳面には載って無いヤツばっかりや。ちょうどわしが産まれた頃から星の環境は大きく変わり始めたらしいがな。
それだけやあらへん、もともとこの星のどこを探してもおらんかったような、新しいモンスターがぎょうさん出るようになったんや。さっきの巨大ウォームはな、サンドウォームというらしい。最近見かけるようになった新種や」
シンジの口から語られる話は、セフィロスがここまで来る間に体験したことを裏付けるものだった。やはり、昔とは環境が大きく変化し、生息するモンスターも様変わりしているのだ。
「モンスターが群れをなして人間を襲撃してくることは多いのか?」
「そりゃあ、やつらの棲みかをまともに通ったりしたら、襲ってくるわな。けどわざわざ人間を狙って向こうから襲撃してくるとか、どこまでも追いかけてくるっちゅうのは、あんまり聞かんなあ」
セフィロスはコンドルフォートからミスリルマインでの鳥型モンスターたちの襲撃に思いを馳せていた。
───あれは、たしかに俺を狙ってきていた。
ロビンはシチューを平らげると、離れたところで肉のかたまりに食らいついていたナナキのところへ駆け寄っていった。
「辛い話をさせてしまったな……」
メアリーが赤ん坊を籐で編んだかごに寝かしつけると、小さく微笑んだ。
「あの、上着を脱いでくださいな。」
「え?」
「左のお袖が破れています。直して差し上げますわ。」
「いや…別に気にならないから…」
命の恩人に、自分ができるお礼はこんな事くらいしかないから、と言って強引にセフィロスのコートを剥ぎ取ると、メアリーは針を動かしながら話しはじめた。
「本当はうちの人、戦争で死んだんです」
「戦争?」
「本当に何も覚えていらっしゃらないのね」
メアリーはすこし悲しそうな微笑みを浮かべた。
「人間同士の殺し合いだったなんて、あの子にどうしても言えなくて」
日没を迎えたあと、急速にあたりの気温が下がっていた。セフィロスのむき出しになった腕に冷たい空気がしみる。メアリーの針を持つ手は休み無く動いている。
「コスモ連合が作っている障壁を破ることなんてできっこないのに……。あの人は無駄死にさせられたんです。シンラ共和国の作戦はいつも、無理押しばかり。こんな事で若い兵士たちが次々と命を落とすなんて」
メアリーは言葉を詰まらせ、一瞬手を止めた。
「ロビンは私たちの本当の子供じゃないんです。まだ言葉も話せない年頃に、アンダージュノンの海岸に置き去りにされていました。結婚したばかりだった私たちが引き取りました。それ以来、もう5年ほど一緒に暮らしています。……ロビンの本当の両親も、戦争の犠牲になってあの子を育てられなくなったに違いありませんわ。
ロビンは私たち夫婦にとってかけがえのない存在でした。赤ん坊が生まれたあとも、4人で仲良く暮らしてこうって……。きっとこれからも、あの子は私の大切な家族です」
───家族か。
瞬く間にきれいに繕われた上着に袖を通しながら、セフィロスは思わず宝条博士のホログラフィーを思い描き、苦笑いを浮かべた。
「おにいちゃーん!」
火のそばを離れ、ナナキと戯れていたロビンが戻って来た。機嫌はもうすっかりもとに戻っているようだ。火のそばに座っていたセフィロスのそばにちょこんと腰をおろす。見上げてくる瞳は、黒々として楽しそうに輝いている。
「おにいちゃんは、銀の戦士なの?」
「?」
「まあ、ロビン! 失礼なことを言うんじゃありませんよ」
メアリーが慌てて、ロビンをたしなめる。
「だって、ロビンが持ってる絵本に出てくる銀の戦士は、お兄ちゃんみたいにね、髪が長くて銀色でね、それでね、黒い服を着ているんだよ!」
メアリーはセフィロスのほうを向き直ると、申しわけなさそうな顔で見上げた。
「ごめんなさいね。あのメテオ大災害が子供向けの絵本になっているんですよ。ロビンはどうしてか、あの話が好きで……。
ロビン、いくら似ていらっしゃってもあのお話は100年も前のことなのよ? 今はもうメテオを見たことのある人は誰も生きてはいないのよ。」
「ええ〜? そうなの?」
ロビンはとても不満そうに、母親に抗議している。
ナナキがいつの間にかセフィロスのそばに歩み寄っていた。静かな口調でささやく。
「……読んでみてはどうだ?」
セフィロスは小さく頷いた。
「ロビン、良かったら俺にその本を見せてくれないか?」
パッと笑顔になってロビンは嬉しそうに荷車へ駆け出した。
「いいよ!取ってくるね!」
むかしむかし、あるくにに 銀の戦士がいました。
銀の戦士は、おそろしいほどつよく、
ながいけんと まほうで どんなにつよいあいても たおします。
せめてくる たくさんのくにとたたかい、英雄になりました。
そして、じぶんのくにを おおきくしました。
やがて 銀の戦士は もっともっとつよくなり
このほしのすべてを じぶんのものにしたいとおもいました。
まほうで メテオをよびました。
メテオがほしにおちると みんなしんでしまいます。
銀の戦士は もうみんなの英雄ではありませんでした。
そんな銀の戦士を たおしてくれたのが 金の戦士です。
みんなはよろこびました。
とても大きなけんと まほうのちからに
かなうものは もうだれも いませんでした。
けれど金の戦士も ほしをじぶんのものにするために
まほうで ホーリーをよんでいました。
やっぱり 金の戦士も 英雄ではありませんでした。
メテオとホーリーは いまにもぶつかりあって
ほしは めちゃめちゃに こわれてしまいそうです。
みんなは もうだめだとおもいました。
もうすこしで ほしがこわれてしまうという そのときです。
ほしは ライフストリームをつかって
メテオとホーリーがほしをこわすのを くいとめたのです。
ほしは たくさんの きずをうけました。
けれど ほしにすむ たくさんのいきものたちは
ちからをあわせて こわれたいえや はたけをなおし
げんきに なかよく いきていきました。
キャラバン隊一行が寝静まったあとも、セフィロスは焚き火のそばで何度もロビンの絵本を読み返した。ナナキは前足にあごをのせて、くつろいだ姿勢をとっている。
「……俺はこの男に似ているのか……」
「何か思い出したのか?」
独り言のようにつぶやいたセフィロスに、ナナキがそっと声を掛けてきた。
「光を……、金色の光を覚えているんだ……。それは……何か、俺にとって、とても重要な、大切な存在を象徴しているのだと思う。この話に出てくる金と銀というのが、できすぎた符号のようだと思った」
セフィロスは絵本の挿絵をナナキに示した。
そこには二人の戦士が刃をかわしている場面が描かれている。大柄で銀色の長髪をなびかせた銀の戦士は、細くてとても長い片刃の剣を持っている。一方、ひとまわり小柄な金の戦士は、その名の示す通り特徴的な金色の髪を持っている。そして、巨大な剣で銀の戦士の胸を切り下げている。
この情景は、まぎれも無くミスリルマインの密林で見た、あの立方体に描かれていたのと同じものだった。
「お前は、知っているんだろう?」
ナナキはしばらく考えたあと、口を開いた。
「私はメテオ大災害を体験した。そして、あのころ、私はまだ子供だった。そこに描いてある金の戦士と一緒に旅をしていたのだ。その本に書かれている戦いの場に当事者として関わった」
半ば予想していた答えではあった。セフィロスは頷き、続きを促す視線を送った。
ナナキはロビンの絵本を見ながら続けた。
「しかし……私がこの目で見たことは……、いま世の中で語り継がれている話とは、食い違っている……」
そう言ったナナキは、困ったような顔でセフィロスを見た。そして、再び前足にあごをのせ、まぶたを閉じてしまった。
セフィロスは、野営地の周りを静かに歩いて見回った。モンスターの気配はない。だが、寝ずの番をするつもりで、たき火から少し離れたところに、片膝を抱えて座り直した。
『……セフィロス……、セフィロス……』
暗闇の中から呼び声が聞こえる。
目を凝らすと、闇の向こうに光輝くものがある。セフィロスの心に温もりの灯がともる。光を胸にかき抱きたくて、手を伸ばし、身を乗り出した。
『早く来て…… 探し出して…………』
必死に手を差し伸べる。
届かない。
あと少しだというのに、光は再び闇に吸い込まれていく。
「待ってくれ!」
自分の上げた叫び声に驚いて飛び起きたセフィロスは、じっとりと額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐった。一瞬、眠り込んでしまったらしい。
───夢だったのか。
あたりはまだ薄闇に包まれている。東の稜線がうっすらと白く縁取られていた。
夜明けとともに起き出した一行は、パンとコーヒーで簡単な朝食を済ませると、ミッドガルエリアへ向かって再び移動をはじめた。隊長のシンジが言ったとおり、夜のあいだに二頭のチョコボが帰ってきていた。
「兄さんたちがもし、お急ぎやったら、どうか先に行ってください。わしらがいくらチョコボをせかしても、護り手さまのスピードにはついていけそうも無い」
シンジはそう言ったが、結局セフィロスもナナキもキャラバン隊と行動を共にしていた。ふたりは荷車に乗れというメアリーの誘いを固辞し、キャラバン隊の前後を守るように分かれて走った。
谷あいのオアシスを発ってからは、ときおりチョコボを休めるために立ち止まるだけで、キャンプを張らなかった。ミッドガルエリアにもたちの悪いモンスターが出ることが多くなっているという。
キャラバンの男たちは交替で睡眠を取っているようだった。だが、ナナキもセフィロスも休息は取らなかった。ふたりは息を乱すこともなく、軽い調子で走り続けながら、あたりを警戒していた。
隊員たちはチョコボのペースについてこられるセフィロスの脚力と体力に驚いていたが、“星の護り手の仲間”ということで人間離れしたその能力も説明がついているらしい。
やがて、巨大な砂の城塞のようなものが前方に姿を現した。円形の台座の上にいくつもの建造物がひしめいている。しかしながらよく目をこらしてみると、その大半は台座の部分もろともに大きく崩れ、砂に埋もれてしまっている。どうやら、この砂の城塞がミッドガルの街らしい。
東大陸を旅してくるあいだに数々の自然環境の激変を目の当たりにしてきたセフィロスだったが、さすがにこの光景には息をのんだ。
ミッドガルとはかつてこの星で最も繁栄した都市の名前だ。軍需産業を独占していた神羅カンパニーが、ライフストリームからくみ上げた魔晄エネルギーの実用化に成功し、全世界に影響力を持つ巨大複合企業体へと成長をとげた一時代のシンボル都市でもあった。
セフィロスの脳裏に浮かぶのは、何基もの魔晄炉に取り囲まれ、円形のプレートをはさんで上下二層構造になった不自然極まりない都市の姿だ。
ミッドガルの街の周囲は城壁のようにぐるりと高い壁に取り囲まれていた。
背の高い鋼鉄製の扉は半分近くまで砂に埋まっており、使えそうにない。
「中へは入れへんのや。一応、危険区域としてわしが生まれる前から封鎖されてるんや。あともうちょっと行くとエッジや。ミッドガルの横っちょにオマケみたいにくっついとる、小さな街なんや。兄さんがどうしてもミッドガルへ行ってみたいんやったら、そこからどうにか入るルートがあるはずなんやが」
「そうか。ではそこまで一緒に行こう」
「そやけど、ミッドガルの中にはもう、何にもあらへんで。兄さんが記憶を無くしたっちゅう話を聞いてへんかったら、絶対に行かせへんのやけどなぁ。昔の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれんのやったら……、うーん、けど、なんでミッドガルがそないに気になるんやろうなあ……。しゃーないなぁ」
シンジは半分自分自身に言い聞かせるように言う。
「いまの廃墟になったミッドガルにおるのは、近づかんほうがええ輩ばっかりらしい。噂ではな。怪しげなカルト教団やら、ヤバい薬の製造元やら、あの廃墟にまぎれて潜んでるらしいんや。それに大きな声では言えんけど、軍の秘密の部隊が基地にしてる、ちゅう噂もある。いや、見たことないんやけどな、ワハハハ」
「ほな、ここらでお別れですな。星の護り手さま、兄さん、ホンマにありがとうございました。わしらの事務所がこの裏通りを入ったところにありますねん。なんか役に立てることがあったら、いつでも来てください。喜んでお手伝いしますよってに」
シンジは深々と頭を下げる。
「まもりてさま、おにいちゃん、またね。きっとまたあおうね!」
ロビンが少し潤んだ瞳で見上げてくる。
セフィロスはロビンの頭を優しくなでた。
「ああ。それまで元気で。母さんと弟を大事に」
ロビンは何度も振り返って、手を振りながら歩いていく。その姿が完全に見えなくなるまで、セフィロスは立ち尽くしていた。
エッジは多くの人が集まる活気のある街だった。中央広場へと続く大通りには、身なりもさまざまな人々があふれ、忙しげに通りを歩いている。
ミッドガルがメテオ大災害で壊滅的な被害を受けたあと、ミッドガルに寄りそうようにできた街だという。それでもすでに100年近い歴史のある街らしい成熟した佇まいを見せていた。大通り沿いには新旧のビルが混然と立ち並び、裏通りにはさまざまな商店が軒を連ねている。
大通りをさらに奥へと進み、ミッドガルの外壁部分に近づいてみた。この大通りはミッドガルの参番街と四番街の境界を起点にしているのだという。外壁沿いにしばらく歩いていくと、高い鋼鉄製の門が見えてきた。ここもやはり、その扉の上をさらに鉄板で打ち付けるようにして閉ざしてあった。ミッドガルの街を再開発しようとする動きは一度も無かったのだろうか。
───メテオ大災害は、銀の戦士と金の戦士がもたらした人災……。そして、俺はその当事者である銀の戦士なのか……。
世界の中心として燦然と輝く人工都市ミッドガルの風景を脳裏に浮かべ、もの思いにふけりながら歩いていると、いつしかエッジの中心まで戻っていた。
ナナキはキャラバン一行と別れたあと、いつの間にか姿を消していた。セフィロスが銀の戦士かどうかの答えは、ついぞナナキの口からは出なかった。金の戦士と一緒に行動していた時期があるのなら、必ず答えを知っているはずだった。
ナナキが自分に対して時おり見せる警戒は、その答えがイエスであることを示しているようにも思う。もう一度、姿を見せてくれることがあるだろうか。