「マルサリス!」
小声で呼び止める声が、路地の暗がりから投げかけられた。立ち止まったマルサリスは、暗がりに向かって笑顔を見せて立ち止まる。
「やあ、こんなところで声をかけるなんて、大胆ですねぇ。アイラー調査官」
「歩きながら話そう。こちらへ」
アイラー調査官と呼ばれたのは、黒髪を小さなシニヨンにまとめ、階級章の付いた軍の制服に身を包んだ女性だった。タイトスカートから伸びる脚は黒皮のブーツに包まれている。
ふたりは照明の少ない裏通りを選んで、街はずれに向かって歩き始めた。
「接触には成功したようだな。どうしてあのまま行動を共にしなかった?」
「ふふ、僕には僕のやり方がありますよ、アイラー調査官。あの人を力づくで連行することなんて誰にもできっこないんです。それはわかっていただけますか?」
「もちろんだ」
アイラーは頷く。
「記録に残っている彼の力は絶大なものだ。今、彼が昔通りの力を取り戻しているとすれば……。だが、もしそうなら、なおさら放置することはできない。一刻も早く軍の管理下に置いてしまわねば危険だろう?」
マルサリスはゆったりとした態度を崩さない。
「ご心配には及びませんよ。あの人は何も覚えていません。あの人の存在を最大限、有効に利用するには僕の立てたプランが一番いいんです。モーガン局長も了承してくださいました」
アイラーは、マルサリスを強い視線で見返した。
「自分はどうしても納得できない。何度も言うがあの作戦は回りくどいし、欺瞞に満ちている。彼は利用するにはあまりにも危険だ……」
「ここでその議論を繰り返しますか?」
「いや、もういい。急いで本部に戻ろう」
「了解」
◇◇◇
セフィロスは開け放した窓から流れ込む冷たい夜風を頬に感じながら、マルサリスから聞かされた、かつての自分がたどった数奇な人生を頭の中で反芻していた。
世界中の国を巻き込んだ大戦に終止符を打った神羅軍の英雄。体力、知力、魔力など、あらゆる能力が人間離れしたものであったという。
それが、ある時なぜか突然狂ってしまった。村ひとつをまるごと焼き払い多くの住民を惨殺するという凶行の末、ひとりの少年兵の手によって致命傷を負い、魔晄炉に転落して消息を絶った。
そして、その5年後。再び姿を現した俺は、宝条博士が作ったセフィロス・コピーを操り、星のすべてのエネルギーとひとつになり、星の支配者になろうとした。しかし、自分と刺し違えたかつての少年兵が、5年の時を経て再び自分を滅ぼし、“英雄”になりかわろうとしたという。
マルサリスは金の戦士を倒せ、と言った。
───生きているというのか?
100年前の宿敵だという金の戦士がまだ生きているというのだろうか。
こうして今、三たび肉体を再生し、与えられた人生は、復讐劇に捧げられるというのだろうか?
宝条は「幸せに暮らして欲しい」と言った。
それに……。あのポッドの中で俺を呼んだあの“光”。野営地でも夢の中に現れた。
───あれはいったい何なのか?
堅いベッドの上で答えの出ない自問を繰り返すうち、いつしかセフィロスは浅い眠りに落ちていた。
◇◇◇
「ヴィンセント。こんな時間にゴメンよ」
「かまわんよ。不規則な睡眠パターンに陥っても、私にはなんの不都合も無い。それより早く様子を聞かせてくれ」
「うん。実際、セフィロスはオイラの知ってるセフィロスとは別人じゃないかと思うよ。姿は確かに同じなんだけど…。何だろう? とても穏やかなんだ。気味が悪いくらいに」
ナナキは裏通りにある小さな酒場「セブンスヘブン」の地下の一室で、モニターに向かっていた。ここは、かつての仲間の一人が開いた店で、いまはその縁続きにあたる女性が経営していた。
ナナキがミッドガルエリアに来る時には、いつも必ずここに滞在している。地下にはナナキ専用の通信機器が備わり、いつでもコスモキャニオンと連絡が取れるようになっていた。もちろんシンラ共和国には通信が漏れないようにスクランブルがかかっている。
「プログラム<hojo>をずっと分析してきたが、全て解明できたわけではないからな。だが、どうも宝条博士の目論見は、過去にセフィロスを作り出した時とは全く違うところにあったと思わざるを得ない。再生用のポッドの中では、セフィロスの脳波にマイナスの影響を与える記憶を遮断する仕組みが出来上がっていたようなのだ。つまり、扁桃体から生み出される……」
「ヴィンセント〜、もういいってば〜。オイラにそんな難しい説明しなくてもいいよ〜!」
「ああ、悪い。言いたかったのはこれだけだ。もしも、彼の記憶が戻るとすれば、それは良い想い出からになるはずだ。これは、ナナキがそちらへ渡ってから、わかったことだ」
「ふーん、そうなんだ。セフィロスにとっての良い想い出か……。とにかくオイラは、あのイカレた博士のイカレた実験を信用して良かったのか、死神を復活させることになるんじゃないのか、と心配でしょうがなかったんだけど…。
公平な目で見て、いまのセフィロスから不穏なものや、禍々しいものを感じ取ることは出来なかったよ」
「……そうか。しかし当分のあいだは、あまり離れずに監視を続けてくれよ? こっちではエバンス首相がセフィロスの復活を不安がってしようがないんだ。毎日のようにバートン所長のところにやってきて、うるさくてしようがない」
「そのコトなんだけどさ、ヴィンセント。首相が聞いたら、もっと心配になると思うようなことが…」
「どうした?」
「シンラ軍の特務機関がセフィロスに接触を図ってきたよ」
「何だって?」
「うん、セフィロスと一緒にエッジの街に入ったとき、監視の目に気付いたんだ。オイラはすぐに別行動を取った。キャラバン隊と一緒に行ったと思ってくれればいいんだけどね」
ヴィンセントは、モニターの中で考え込んでいた。
「シンラ側もプログラム<hojo>を追跡していたということか。それ以外に考えられないな」
「じゃあ、ずっとオイラも一緒に監視されていたのかな?」
「かもしれんな」
「嫌だなあ……。オイラは子供の頃、あいつらに捕まって被検体にされてから、『シンラ』って聞くだけで、クシャミが出るんだよ」
モニターの中のヴィンセントは、やっと腕組みをといた。
「ナナキ。方針変更だ。つかず離れずの距離を取っての監視、ではなく、セフィロスにピッタリ張り付いてくれ。シンラは必ずセフィロスを自軍の戦力として組み入れようとするだろう。ナナキがそれを阻止するんだ」
「ええーっ!オイラ一人で? そんな、ひどいよ、ヴィンセント」
「やむを得んだろう?現時点で東大陸で自由に活動できる我々の同志は『星の護り手』として信仰の対象にもなってるお前しかいないんだから」
「うぅ……わかったよ。……まったく、信仰だなんて、止めてくれヨ」
ナナキはがっくりと肩を落とした。心無しかしっぽの炎が小さくなったようだった。
翌朝、セフィロスはミッドガルへの入り口を探していた。
どこかに入れそうな通路や損壊部分が無いか、探しながら壁沿いに少し歩いてみる。しばらく壁伝いに歩いて行くと、取り残されていた工事用の足場のようなもの見つけた。跳び上がって最初の足場に手をかけ身体を引き上げる。足場の骨組みをよじ登っていくと外壁の上へ移動できた。ミッドガル側にも同じような中途半端な足場があり、そこへ飛びうつる。
どうやら誰かこの通路を頻繁に使っているものがいるらしい。街はほぼ砂に埋め尽くされた状態だが、けもの道のように砂が少なく歩きやすくなったところがある。
ちぎれたように半端に途切れたハイウェイが頭上に見えていた。いくつかの瓦礫を足がかりにして、ハイウェイに登った。途中で工事が放棄されたままになってしまったその先端から遠くを見渡す。東側には太陽がギラギラと輝いている。この方角にはカームの街があるはずだ。
胸の奥がちくりと痛むような、記憶を刺戟する何かがここには確かにあった。
───この風景、確かに見たことがある。
そして、そのとき自分は確かに幸せだったような気がする。やりきれない切なさと懐かしさがこみ上げてきた。
セフィロスは、思いを振り切るように踵を返し、今度はハイウェイを逆にたどって街の中心部を目指した。たくさんの高くそびえるビル群が見えている。バベルの塔もかくやという高さを保っているが、どれも損傷が激しい。
遠くから見ると砂に埋もれた巨大な墓場のように見えた街だが、どうやらここは全くの無人と言うわけではないらしい。ハイウェイから見下ろす街のなかで、日差しを避けながら建物の陰から陰へ足早に歩く男と、大きな荷物を抱えた二人連れを見かけた。みなマントのような布を頭からかぶっていて、その表情まではうかがえない。
「セフィロス」
振り返ると、そこにはナナキの姿があった。もう現れないのかと思っていたナナキの姿を見て、セフィロスは我知らず微笑みを浮かべていた。
「お前。昨日は突然姿を消したな」
「会いたくないヤツの姿を見かけたからな。隠れた」
「やはり子供だな」
ナナキはムッとしたのか、たてがみがザワリとうごめいた。
「夕べ、シンラ共和国の人間が俺と知って会いに来た。俺はやはり“銀の戦士”だと言っていた」
ふたりは並んで町の中心部へと歩みを進めていた。
セフィロスは、昨夜マルサリスから聞いた話を、ナナキにかいつまんで話した。
「そうか……。やはり、私の記憶とは微妙に違うな……。で、この街に来てみて何か思い出したか?」
「俺は確かにここにいたことがある、それだけだ」
「そうか……。私は今まで一度もミッドガルの街中をゆっくりと見物したことは無いのだ……。このあたりはずいぶんと町並みがきれいに残っているのだな」
たしかに、凝った彫刻をあしらった石造りの店舗が並んでいる。かつては輝きに溢れていたショーウインドウ。今はガラスが全て落ち、暗い空洞がのぞくばかりだ。
足下の石畳には色々な図柄の象眼細工のモチーフが埋め込まれている。
壊れずに残っているものを見るとも無しに歩いていると、そのなかのひとつが目にとまった。
───これは……!
太陽と月のモチーフだった。頭の中に自分自身の声がこだましている。
じっと地面を見つめて立ち止まってしまったセフィロスに、ナナキが声をかけた。
「どうかしたのか?」
「誰かとここを歩いた。そして俺はこう言った。『俺たちは太陽と月だ』と」
「だれと?」
「わからない。確かに俺の横には誰かがいたのだが……」
「……焦らないほうがいいのだろうな。こういう時は」
ナナキは炎の先端をぐるんとまわして、先にたって歩き始めた。
セフィロスとナナキは、街の中心まで来ていた。
───ここが……、神羅ビルか。
「入ってみるか?セフィロスはここで仕事をしていたのだろう?私には嫌な想い出しか無いがな」
ビルの入り口、かつては煌々と明かりが輝き、最新型の自動車やバイク、ハイテク製品などがディスプレイされていたショールームの広い空間、今はがらんとした空洞のようなエントランスホールに向かう。
───そう、俺はある一時代をここで過ごしていたはずだ。“神羅の英雄”だったのだから。
エレベーターは動いていない。非常階段を見つけて上がっていった。ところどころ、大きく階段が崩落しているが、セフィロスとナナキに飛び越えられないほどのものでもない。
ときどきフロアに通じる扉を開けてみる。とりたてて興味を引かれるような風景はない。部屋の中の調度品は持ち去られたり、荒らされたりしてがらんとしている。窓から差し込む日の光の中を、細かなホコリの粒がきらめきながらただよっている。
そして、静寂。
なかには2、3フロアぶち抜きに大破したところもあったが、概ねどのフロアも似たような様子だった。
「ここにはもう、何も無いな。」
「この街全体が大破してから100年が経っている。当然だな。」
失望を感じたが、途中で引き返すのも癪な気がして、どんどん上がっていった。
非常階段は59階まででおしまいだった。扉を開けて、室内に入り、別の階段を見つけてさらに上の階へ上る。
いままでよりさらに広々としたフロアだった。中央にイミテーションの大木が鎮座している。くすんだプラスチックの枝にはホコリをかぶった緑の葉が、いまだにぎっしりと茂っていた。
ナナキがあちこちに鼻の先を突っ込んでいるのを横目に、ベンチのひとつに座ってみた。
───?
何か黄色いもののイメージが浮かんできた。
───金の光?
鼓動が激しくなる。目を閉じて、光のイメージを思い描いた。
……その金色の光を凝視していると、それが輝くばかりの金髪に包まれた後頭部だとわかる。そして、その人物はドアをくぐってこのリフレッシュルームに入ってきた。金色の頭部はくるくると動き、誰かを捜しているようだ。
あとすこし、鮮明に見えてくれれば……、そう思ったが、イメージは消えてしまった。それでもついさっきまでセフィロスを捕らえていた失望が、一気に霧散していく。
───きっとこのビルで何か大切なことを思い出す。
それは確信に変わっていた。
セフィロスは目を開くと立ち上がり、ナナキを促して、さらに階段を上がった。
65階。フロアの奥は瓦礫で埋め尽くされている。これよりも上層階はすでに崩れてしまっていて見て回ることはできない。
ここには小さく区切られた部屋がいくつもあり、それぞれドアはロックされている。どんなシステムでロックされているのか思い出せないが、通電していない状況ではキーがあっても開くことはできないだろう。
その中にひとつ、永久電池でも使われているのか、かすかに明滅するドアロックが目に留まった。高い位置に小さなレンズと、腰あたりの高さに手のひらの形をした静脈パターンセンサーが設置されている。
セフィロスは吸い寄せられるようにドアに近づき、無意識に手のひらを乗せ、レンズに瞳を向けた。
シュンっと軽い音を立ててドアが開き、室内の光景が目に飛び込んできた。
───ここは……!
陽光を反射してきらめくガラスブロックを背に、大きなデスクと背もたれの高い椅子。手前には、ガラス製のテーブルと黒皮のソファ。そして、部屋の左奥にはもうひとつ小振りのデスク。
うっすらと埃をかぶった室内の様子は、確かに見覚えのあるものだった。
部屋をロックしていた生体認証を解除できたことから考えても、ここは間違いなく、セフィロス自身の執務室なのだろう。
「セフィロス、大丈夫なのか?」
入り口近くに立ち尽くしていたセフィロスに歩み寄ったナナキが、心配そうに鼻面でセフィロスの腕を押した。
「あ、ああ」
「なにか、思い出したのか」
「……、ここは、どうやら俺の執務室のようだ」
ナナキは、鼻をうごめかせてあたりを見回している。
「まさか。100年間もこんなにきれいな状態で残っているなどと、信じられないな。このビルが大破した時、セフィロスはここにはもういなかったのだろう?」
「そう、俺はその5年前に行方不明になっていたはずだ」
「だとすると、この風景をセフィロスに見せたい誰かが再現したものだと考えるべきだな」
セフィロスはナナキの言葉にあいまいに頷きながら、かつて自分が使っていたデスクへゆっくりと近づくと、黒皮の椅子に腰をおろした。椅子は少しきしんだ音を立てて、セフィロスの体重を受け止めた。デスクに肘をつき、組んだ手の甲にあごをのせて目を閉じる。
執務室の風景が歪み始め、セフィロスの鼓動にあわせてそのカタチを変化させていく。濃く、薄く───。暗く、明るく───。ねじれ、膨張し、爆発する。
室内に出入りするさまざまな人影が、現れては消え、重なり、弾けとんでいく。
ナナキは、じっと目を閉じて動かないセフィロスをけげんな目で見つめていた。
やがてセフィロスは目を開き、デスクの左側、一番上の引き出しを静かに開けた。そして、その中を食い入るように見つめている。さらさらと落ちかかる銀色の前髪に隠れて表情を伺うことはできないが、その頬は色を失っていた。
「何か、あるのか?」
ナナキはデスクを廻り込んで傍へ行き、引き出しの中をのぞき込んだ。
中には、ポツンと無造作に置かれた青い天然マテリアのペンダントがあった。
いまだ凝視を続けるセフィロスの顔を振り仰ぐと、そこには、静かに涙を零す翡翠色の瞳があった。
◇◇◇
思い詰めた顔で神羅ビルを後にしたセフィロスは、文字通り飛ぶようにミッドガルの廃墟の中を走っていた。
「おい!待て!どこへ行く!」
ナナキでなければ到底追いきれなかっただろう。道など初めからどこにも存在しなかったかのような瓦礫と砂の街を、こちらも飛ぶように駆け抜けていく。
───どこだ? どこへ行けばあの光景に会える?
セフィロスが探していたのは、一軒の家だった。
ベージュの滑らかな石壁。古風な田舎風のがっしりした家。茶色い鎧戸がついた、のどかな外観をもち、暖かで優しい気持ちを呼び起こされる家。
同時に、その家はおよそ考えうるありとあらゆるセキュリティーシステムによって守られた要塞でもあった。その家はセフィロスにとって、絶対に守り抜かなければならない聖域だった。
───そう、あれは壱番街の一角にある、ゲートによって守られた特殊な住宅街。
セフィロスはさらに足を速めた。形を残す建築物と山をなす瓦礫の上を次々に飛び越えていく。このミッドガルの中でも、上下の街を隔てるプレートがそのまま残っているところは少ない。奇跡のように二層構造が残る弐番街から壱番街に向かって疾走するセフィロスは、耳元をひゅうひゅうとすぎる風の中に、自分を呼ぶ声が交じるのを確かに聞いていた。
『セフィロス……』
明るく、それでいて気遣わしげな優しい声が頭蓋に響く。早鐘のように鼓動が高まっている。
───これは俺が命よりも大切にしていた存在。そうだ、これが金色の光そのもの。これは……、これは、俺の……。
セフィロスはふいに立ち止まった。
ひと呼吸遅れて立ち止まったナナキが見たのは、半壊した石造りの邸宅だった。今はそのほとんどを砂に埋もれさせているが、ミッドガルでは珍しい広い庭園に囲まれた家だったことが伺える。敷地の広さに対して、建物自体はこぢんまりとしている。
玄関の車寄せへと続く石畳のアプローチには、砂の吹き溜まりができ、黒い鋳鉄製の風見鶏が落ちていた。
ナナキは石畳を奥へと進み、腐って崩れ落ちかけた木製の玄関ドアを押してみた。
「あれ? 重いな。動かない」
セフィロスは玄関脇の目立たないところにあるくぼみをのぞき込んでいた。
「システムはとうに死んでいるな」
ドアに歩み寄ったセフィロスは、ちらっとナナキを見て玄関ドアに両手を押しあてた。
「ちょっと下がっていてくれ」
見る見るセイフィロスの両手が淡い緑色に包まれていく。
ドン! っと大きな音がして、あたりの空気が震えた。玄関ドアが激しく裂けてはじけ飛び、あたりに白い煙がただよっている。
「マテリアも無しによくそんなことができるな」
ナナキは割れたドアを踏み越えながら聞いた。
「ああ、どうしてだろうな」
木っ端と化したドアをよく見ると、木と見えたドアの内側は、黒っぽい金属で内張りされていた。
「タングステン鋼だ」
「どうりでサンダーか。セフィロス、この家は今にも崩れるのではないのか?」
「ここなら、大丈夫さ。この家は俺が作った要塞だ。いや、シェルターと言ったほうがいいか」
煙を吸い込んでくしゃみをするナナキの背中を跨ぎ越してセフィロスは家の中に足を踏み入れた。
玄関ホールの正面から二階へと緩やかなカーブを描く階段がある。セフィロスはホールをぐるりと見渡して記憶を探った。
───ホールの奥にある両開きの扉の奥には、暖炉を備えた広いリビング。左側の扉の奥はサンルームのついたサロン。ホールの右手のドアは……。そう、キッチンだ。中央にアイランド型の大きなレンジがあり、その上のラックから輝きを放つ銅の鍋やフライパンが下がっていた。背後には香辛料の棚が整然と並び、壁際にある大きな冷蔵庫と冷凍庫はステンレス製。ウータイ産の孟宗竹に特殊加工を施した床材が、素足に心地よい冷たさを伝えてくれた。
───俺がここへ戻ってくると、必ず軽快な足音が響き、暖かい腕と優しい声に迎えられる。
『セフィロス!お帰り!』
晴れた秋の空のように澄んだ青い瞳。
金色に輝く跳ね返った髪。
微笑みをたたえたふっくらとした口元。
すらりと伸びやかな肢体。
胸元には青い天然マテリアのペンダントが揺れている。
───どうして、これを忘れていられたというのだろう。
「クラウド───」