ロビンと再会したセフィロスたちは長い廊下と階段を通って、広い会議室に案内された。
ナナキとロビンには会議の間くつろいで待てるようにと、アイラーの手配で別室が用意されていた。しかし、セフィロスは自分のそばからふたりを離さず、会議室に伴った。
ちょうどそこへ別行動でカームに戻ったマルサリスが現れ、ニコニコと微笑みながら気安く手を振って近づいてきた。どこで調達してきたのかロビンに絵本を数冊手渡すと、自分は入り口近くの席に陣取った。
会議室の円卓でセフィロスを待ち受けていたのは、シンラ共和国の大統領、マクリーン・神羅だった。まだ30歳には手が届かなない若さだ。きれいに整えられた金髪と白いスーツを身につけたスマートな姿に、鋭い眼光を放つ秀麗な容貌と、知性を感じさせる落ち着きのある態度が加わっていた。大統領としての充分な風格を漂わせている。
右手を差し出し握手を求めてくるマクリーンに、セフィロスはなぜか強い既視感を覚えた。
「セフィロス。マクリーン・神羅だ。こうして無事にお会いできて良かった。あなたは我がシンラ共和国の命運を決する存在だ。どうか我が国の、あなた自身の国のために力を貸して欲しい」
にぎり合った手の上にさらに左手を重ね、真摯な眼差しでセフィロスを見つめていた。
「あなたの存在はまだ極秘扱いだ。私の側近と国防大臣、軍では一部の将官にしか知らせていない。だが、その少ないメンバーの間でもあなたをシンラ軍に迎え入れる事に関して意見が割れている」
マクリーン大統領はやっと手を離し、セフィロスの背をやんわりと押すようにしながら自分のとなりへ座るように促した。
「ここには、私に賛同してくれている腹心のうち、カームに駐留しているものだけを呼んでいる」
円卓を囲むメンバーをぐるりと見渡して、確認するように頷き、セフィロスに向き直った。
「あなたは神羅カンパニー私設軍時代、全軍の司令官を務めることのできる中将位にあったそうだ。我がシンラ軍においてもそのまま同じ階級に復帰していただく用意がある。今日は我々の申し出をゆっくりと聞いていただきたい」
この会談には、マクリーン大統領と、アイラー調査官、その上官である特別調査室情報局長のモーガン。そして、陸軍から二人の人物が参加していた。シンラ軍陸軍第一師団長を務めるというギャレット少将と、第三師団長を務めるドナルドソン少将だ。
陸軍大将のコールマンにはこの会談が行われていることは伏せられているという。
「セフィロス殿、こちらの地図をご覧ください。簡単に現在の世界情勢をご説明させていただきます」
そう言ってプロジェクターに投影された世界地図を示したのは、ギャレットだった。
「我が国は東大陸のミッドガル、グラスランド、ジュノンの三つの州を抱える共和国です」
「共和国、とは言っても、実質的には立憲君主制のようなものだよ」
マクリーンが口を挟んだ。その顔には皮肉な笑みが浮かんでいる。
「圧倒的多数の与党が議会を掌握しているし、大統領選は常に神羅一族からの立候補者が圧勝だ。自分で言うのもおかしな話だが」
ギャレットは大統領が口をつぐんだのを見届けてから先を続けた。
「西大陸のコスモ連合というのはコスモを中心に、ゴンガガ、ロケットポート、ニブル、コレル、ノースコレル、ゴールドソーサーの各国が政治面、経済面で結びついた連合国家なのですが、我が国とは長年にわたり戦争状態が続いています。50年にわたる長い冷戦期間もあったのですが、近年は互いに軍事力を行使する局面になっています。
アイシクル、ウータイ、ミディールの各国は現状中立を保っております」
「いったい何故、戦争を?」
セフィロスはミッドガルで入手したさまざまな情報と照らし合わせ、根本的な疑問を口にした。
「はい。そもそもの対立のきっかけは魔晄エネルギー使用禁止を巡るものでした。国際法で正式に禁止されてからは、化石燃料の採掘権を巡る争いに変化しています。ただ、その点に関してシンラ共和国では、先年独自の代替エネルギーを開発済となりました。
現在我が国が目指しているのは、ロケットポート並びにニブルエリアの奪還です。該当地域には旧神羅私設軍の残した戦略拠点が多数残っています」
「ロケット村の航空関連施設か。ニブルエリアには……」
セフィロスは首をかしげた。
「ニブルヘイムに神羅カンパニー創成期の研究施設と初号魔晄炉があります」
「しかし、ニブルヘイムの研究施設は100年以上も前のもの。ロケット村とて何十年も前の施設なのではないのか? どうしてそれを?」
「それは私から話そう」
マクリーン大統領が再び口を開いた。
「あなたが活躍していた時代から、実は科学技術の水準はそれほど変わっていないんだ。いや、むしろ魔晄エネルギーが使用できなくなってからは、文明が後退したかのように見えた時期すらあった。エネルギー問題に関しては、魔晄に替わる新しいエネルギーを開発したのだが……。我が国は医学やバイオテクノロジーの分野が遅れていて……、非常に困った事態が起こっている」
「…………マクダフ症候群か」
「ハッハッハ、さすがだな。これもまた機密扱いなのだが、あの病気に関しては公にしていない様々な症状があってね。このままではまずいんだ。病理学者たちに研究を進めさせているが、はかばかしくない。ニブルヘイムの研究施設は奇才宝条博士をはじめ、過去に優秀な神羅の科学者を多く輩出している。今のシンラにも私が信頼を寄せているひとりの天才科学者がいるのだが……彼が、往時の資料のなかに必ず鍵となるものが見つかるというのだ」
マクリーンは両手を広げて、肩をすくめてみせた。セフィロスは頷いた。
「では続けます」
ギャレットはプロジェクターの地図をレーザーポインターで示しながら説明を再開した。
「現在、コスモ連合軍はゴンガガ東部からゴールドソーサー、コレル山東部にかけて巨大な障壁を展開しており、部隊を派遣しても突破することは不可能なのです。障壁の北か南から廻り込んで攻めるとなると、進軍ルートが限定され、四単位師団を動かす戦略には甚だ不利な条件になります。
ですから、アイシクルエリアに駐屯地を設けてそこを起点にした戦略をとるか、あるいは障壁そのものを破壊する方法を探すか、ということになります」
「いままでのところ、コスタ・デル・ソル南部に拠点を置き、その障壁のこちら側だけで小競り合いを繰り返しているという訳ですな」
初めてドナルドソンが口を開いた。
褐色の肌に太い眉と黒い瞳を持ち、まだまだ青年らしさの感じられるギャレットに対し、ドナルドソンはやや少し年かさで、鬢のあたりに白いものが混ざり、せり出してきた腹部が目についた。
セフィロスはギャレットとドナルドソンを交互に見て問いかけた。
「その障壁というのは、一体どういうものなんだ。ずいぶん広域をカバーしているが」
ドナルドソンが頷きながら、野太い声で答えた。
「セフィロス殿は、シールドという魔法をご存知ですかな?」
「ああ、もちろんだ。誰もが使えるというわけではなかったが」
「我々はマテリアや魔晄の使用が禁止されてから生まれた世代でして、軍の研究施設で一度実験を見ただけなのですが……。コスモの障壁はそのシールドそのものだということです」
「そんな巨大なシールドを? 一体誰が……。」
セフィロスは思わず疑問を口に出したが、その瞬間、強い胸騒ぎを覚えた。
「セフィロス殿は……、クラウド・ストライフのことを記憶しておられるかな?」
ドナルドソンがさりげない口調で言った。しかし、となりに立っているギャレットの身体からは緊張した気配が立ちのぼっている。
そして、セフィロスの背後ではナナキが起き上がり、そのたてがみがバサリと音を立てて揺れた。
セフィロスはドナルドソンをじっと見据えていた。会議室は沈黙に支配され、硬い空気に押し包まれた。
「……それは、俺を殺したといわれている人物のことか?」
「思い出されたのですかな?」
「いや、そうではない。さっき資料室で見た論文にその名があった」
「そうですか……」
ドナルドソンはフーッと大きく息を吐き出してから、話を続けた。
「我々はコスモの巨大シールドには、そのクラウド・ストライフが関与していると推測しています」
「生きて……いるのか……?」
「これを見てください」
ギャレットがプロジェクターに映像を映し出した。
「これは十数年前、まだ巨大障壁もなく冷戦状態だった頃ですが、シンラ軍の偵察機が上空から捉えた連続写真です」
それがどの辺りなのかはわからなかったが、森と平原が隣り合うその境界あたりを、一人の青年がチョコボの手綱を持って歩いているのが映し出されていた。光量不足のなかで撮影されたらしく、画像の粒子はかなり荒れていた。だが、黒っぽい服装に金色の頭部がのっかり、背中には巨大な剣を着けているのがわかる。
セフィロスは画像を食い入るように見つめた。プロジェクターに映し出される画像が少し角度の違うものに入れ替わった。
無意識のうちに、壱番街の住まいで思い出したクラウドの姿と比べていた。セフィロスの知っているクラウドはまだ少年らしく、少しだけ厚みのつきはじめたばかりの、細くたおやかな体つきをしていた。それに比べるとかなりウエイトがあるように見える。
順次映し出される画像は徐々にズームアップしていた。むき出しになった肩のあたりは、あの巨大な剣を扱うのに十分な筋肉に覆われているのが見て取れる。
「これが最後の一枚です」とギャレットが言った。
偵察機に気付いた被写体が上空を振り仰いだ瞬間が撮影されていた。
───クラウド。
はっきりしない写真であっても、遠くから撮影された写真であっても、見間違うはずが無い。それはまぎれもなくセフィロスのよく知るクラウドの顔立ちだった。
小さくつまみ上げたような鼻、ふっくらとした薄いバラ色の唇、秋の空のように澄んだ青い瞳。まざまざと脳裏に甦る顔立ちがぴったりと当てはまるのだった。
『やっぱり』という思いと、『どうして?』という疑問がセフィロスの心に渦巻く。
───俺は、俺のもっとも大切な者と討ち合ったというのか!
「ここは、ゴールドソーサーエリアとニブルエリアの間にある森です。我が国がクラウド・ストライフの姿を確認したのはこれが最後です。その後まったく消息がわかりません」
セフィロスは後ろを振り返ってナナキを見た。ナナキは相手にだけそれとわかるように、小さく頷いた。
ドナルドソンがギャレットの後を引き取って口を開いた。
「単純にマテリアを使って魔法を行使することのできる人間すら限られた存在です。これだけの巨大なシールドを何年間にもわたって維持し続けるなど、個人レベルの魔法とは考えられません。なにか特殊な装置を使っているのかもしれません。魔晄エネルギーと魔力のコントロールに詳しい識者の存在が不可欠でしょうな。そしてこの男がコスモ側にいるとなれば、障壁に関与しているのは間違いないでしょう」
───シールドを維持する仕掛け。
セフィロスにははっきりと心当たりがあった。さっき後にしたばかりのあの壱番街の邸。その敷地を取り囲む外壁に、かつて自分が施した仕掛けだった。
* * *
『あれ?ここにもセキュリティがあるの?さっきも解除したばっかりなのに』
目の前をぴょこんと金色の光が飛び跳ねた。石壁のゲートがゆっくりと開くと目の前に両脇を低木で縁取られた小径が現れた。その両側にはミッドガルでは見たことが無いほどの広い庭が広がっていた。ゆるやかにカーブした長いアプローチの先にはこぢんまりとした石造りの邸が建っている。
『うっわ〜!すごい!すごいね!セフィロス!』
くるっと振り仰いだクラウドの瞳は、喜びに輝いていた。ダッと駆け出すと勢いよく芝生の上にダイブし、ゴロゴロと転がっていく。
『ホントにすごいよ!ミッドガルで庭に寝っころがって空が見られるのって、このうちだけじゃない?』
クラウドは大の字になって空を見上げている。空が見えると言ってもしょせんミッドガルの空だ。魔晄炉から立ち上る排気でどんよりと霞んでいる。
『鳥が飛んでくるといいなぁ』
* * *
セフィロスは初めてクラウドを壱番街の邸に連れて帰った時のことを思い起こしていた。その自然な佇まいに、クラウドは故郷の安らぎを見いだしているようだったが、何重ものセキュリティーシステムに守られた安全な住まいはセフィロス自身がクラウドのために用意したものだ。もちろん、上空が無防備なままではセフィロスの心は休まらない。
あのときクラウドには話さなかったが、邸の敷地上にはセフィロスが考案した特殊なシステムで、常にシールドが張られていたのだ。
───あのシステムの原理を使えば不可能ではないな……。
そのとき、ドーンという音とともに建物がかすかに振動した。一瞬の間をおいてすぐさま、基地中の警報が鳴り始めた。
アイラーが素早く立ち上がり閉じられていた窓のブラインドを上げた。窓から差し込む斜めの日差しが、セフィロスの目を灼いた。
マルサリスは壁際にあるターミナルに飛びついて情報収集を始めている。
「基地南方向から、大型モンスターの襲撃を受けているようです。映像を呼び出します」
先ほどまで沈黙していたターミナルのマルチ・ディスプレイが輝き始め、次々に監視カメラから転送された映像が現れた。
「これは……!」
「ベヒーモス?」
「いったい、何体いるんだ!」
「ドナルドソン、指揮を取れ。ギャレットは即応できる部隊の確認を。モーガン、客人は私と一緒に官邸へ退避していただこう」
セフィロスはゆっくりと立ち上がると、かぶりを振った。
「その余裕は無さそうだ」
建物全体が激しく揺れ、大きな爆発音が聞こえてきた。天井に亀裂が走り、パラパラとコンクリートの欠片が落ちてくる。二人の少将は部屋を飛び出していった。
「ナナキ、ロビンを頼む」
セフィロスは窓に駆け寄ると、拳の一撃でガラスを割り、ひらりと中空に飛び出した。
「ああ〜、ここは3階ですよ? ミスター・セフィロス〜」
マルサリスが窓に駆け寄って下を確認した。セフィロスは体重を感じさせない軽やかさで着地すると、ベヒーモスの群れの中へ黒い影のように移動していた。
そこには咆哮をあげ、あたりを破壊し尽くす勢いで暴れるベヒーモスの群れがあった。へリポートのアスファルトは割れ、待機していた小型ヘリ2台が炎上している。建物に体全体でぶつかり、強靭な尾で周辺の糸杉の並木をなぎ倒していた。
マルサリスは南の防護壁に目を転じた。この基地は、高さ5メートル、厚み1メートルに及ぶコンクリートの防壁とその上に張り巡らされた高さ8メートルの電流フェンスによって囲まれている。ヘリポートの向こう側にあるグリーンベルトのさらに奥、電流フェンスが大きく引き裂かれ、そこから次々にモンスターが侵入してくる。監視塔に据えられた機関銃が、焼け付くほどの銃撃を続けているが、彼らの侵入を食い止めるには力不足だった。
モーガンがマルサリスのとなりから身を乗り出して外を見た。
「ベヒーモスは雷を吸収するのか? 電流フェンスは奴らにとってごちそう以外のなんでもなかったのか……」
会議室のある建物を廻り込むようにして左右から自走式の迫撃砲、多連装ロケットシステム発射機などの機甲部隊が姿を現した。ベヒーモスの群れを取り囲むように迅速に展開している。
「局長……。あ、あれ……」
マルサリスは再び破られたフェンスのほうを指差した。
そこにはベヒーモスの大きさを遥かに上回る巨大な獣がその上半身を見せていた。5メートルのコンクリート壁をひとまたぎにしようとしている。顔周りにはベヒーモスと同じような剛毛が逆立ち、巨大な二本の角がせり出している。身体は黒っぽい灰色で両肩には骨化した皮膚がスパイクのように並んでいる。バチバチと白煙を上げてスパークするフェンスからの放電を浴び、歓喜の雄叫びをとどろかせた。見る間にフェンスを押し倒し、敷地内に飛び込んできた。
マルサリスがフェンス付近の光景に気をとられているあいだに、セフィロスは3体のベヒーモスを倒していた。彼もまた、フェンスを越えて現れた新たな敵に気付いたようだった。
高く跳躍してベヒーモスの群れから離れ、フェンスに近づいて行った。
時を同じくして機甲部隊が布陣を終え、ベヒーモスの群れに激しい一斉攻撃を始めた。
「大統領、ここは危険です。早く退避を」
「いや、モーガン。わたしはセフィロスの戦いをぜひこの目で見たい。彼が伝説通りの強さを維持しているのかどうか確かめる絶好の機会ではないか」
「しかし、ここは我が軍の砲弾にも晒されます。あなたの身に何かあっては……」
ナナキが窓際にいたメンバーに近づいてきた。
「みんな、なるべく近くに寄って」
ロビン以外の全員がナナキの言葉を聞いて固まってしまった。
「はぁ……、だから喋りたくないんだよね……。ロビンもこっちへおいでよ」
「はーい」
駆け寄ってきたロビンを列に加えると、ナナキは言った。
「この人数だと、時間はだいたい20分。魔法攻撃と物理攻撃を半減。それ以上は無理だからね。───ウォール!」
「あ、マテリア使用禁止!」
「マルサリス!大統領の私が特例として許可する。星の護り手殿、恩に着る」
一同は、見えない防壁に守られた安心感とともに、眼下の光景に見入った。
「あれは確か、フンババと名付けられた新種ですね」モーガンが言った。
「東大陸では過去に2回の目撃報告があります。確か……ミスリルマインの北500kmあたりの山中だったはずです」
「それが、どうしてカームへ……」
マクリーン大統領がつぶやいたのへ、アイラーはふと、セフィロスの言葉を思い起こした。
「実は、セフィロス殿をこちらへお連れする際、本人から聞いたのですが…。モンスターの群れが自分を狙って襲ってくる恐れがあると」
「やっぱり本当のことだったんだね〜」
マルサリスも思い出したようだ。
「だって、ほら」
全員が窓の外に向けられたマルサリスの指の先を見た。
機甲部隊の砲撃を受け、数体のモンスターが足止めされていたが、群れのほとんどは方向転換し、セフィロスの後を追っていた。フンババに対峙していたセフィロスの背後に迫っている。
セフィロスの武器はやや大振りのナイフに見えた。その刀身は淡いグリーンに輝いていた。人間の身長を上回る大きさのベヒーモスを3体倒したことさえ信じられないほどの得物だ。会議室のメンバーが固唾をのんで見守る前で、彼は巨大なモンスターに立ち向かおうとしていた。
セフィロスは目の前に立ちはだかる巨大なモンスター、フンババと睨み合いながら、背後に何体ものモンスターが迫ってくるのを感じていた。今、振り返れば、互いの視線の圧力が保っている均衡が崩れフンババが攻撃してくるだろう。
───もう少し。もう少し近づいたら……。
すでに、ナイフを使った物理攻撃の考えは捨てていた。中庭に飛び降りてすぐに仕留めたベヒーモスですら、時間がかかりすぎた。これだけの数に囲まれたとなれば、攻撃をかわしながら一体一体屠り、数を減らしていくのは至難の業だ。自分が移動するたびに基地の崩壊エリアが拡大していくだろう。
モンスターたちを大きく取り囲むようにシンラ軍の機甲部隊が布陣している。近辺の建物にはナナキとロビンを始め、まだ退避できていない人間が何人もいるはずだった。
フンババと危うい睨み合いを続けるセフィロスは、黄色く光るふたつの大きな眼を押し返すような強い力を視線に込めながら、注意深くライフストリームの気配を探った。
ナイフを右手に持ち替え、左手に意識を集中する。握りしめた拳を胸元に力強く引きつけて、さらに意識を集中する。足元から立ち上った薄緑の魔晄が左手に集まる。
その左手を高く前方に差し上げると、拳から白い半透明の球が現れ、ぐんぐん大きくなっていった。瞬く間にセフィロスの身体を飲み込み、さらにフンババと周囲のベヒーモスたちを包み込む大きさまで広がったところで止まった。
「あれは?」
マクリーン大統領がモーガン情報室長に尋ねる。
「さ、さあ、私にはわかりかねますが……」
「あれはたぶんシールドだよ」
ナナキが答えた。
「けど、あんな使い方って無いよ。普通は自分の身体の前に盾のように形成するんだ。何だってあんな形にして、モンスターたちを一緒に中に入れているんだろう?」
セフィロスとモンスターは、碗を伏せたような形をしたシールドの中にあった。機甲部隊の砲弾はすべて、淡い輝きを放つ半透明の防壁に弾き返されてしまう。
ズズーーン!
鈍い音とかすかな振動が伝わってきたのはその時だった。シールドの内部でモンスターたちがバタバタと倒れ伏して行く。内部で土煙が巻き起こり、視界が悪くなった。
「セフィロス!なんて無茶なこと!」
「なにが起こったんだ?」
「あの中で攻撃魔法を使ったんだよ!セフィロス、自分もダメージを受けているんじゃないかな」
シールドが消え始めた。中から土煙が舞い上がり、徐々に視界が開けてきた。
フンババの剛毛が見え、続いてさきほどと変わらない位置に立つセフィロスが確認できた。ダメージを受けている様子は無い。
「あのデカイのは無理だったか!」
セフィロスはナイフを左手に持つと、そのグリップを左肩後ろへ引き上げた。右手を前に突き出して半身に構える。
フンババが巨体に似合わぬ敏捷な動きで太いしっぽを振り上げ、鞭のように打ち付けてきた。再び激しく土煙が舞い上がる。しかし、セフィロスはすでにそこにはいなかった。まっすぐフンババの顔面に向かって一直線に跳躍し、魔晄のほとばしるナイフをギラギラと光る片目に突き立てた。
『ゥガァォオォォォォ〜〜!』
身の毛のよだつような咆哮を上げ、フンババが暴れ始めた。セフィロスは尾の一撃を浴びないよう、距離を取って着地する。
残った片目で敵の姿を捉えたフンババは今度はその腕を大きく振りかざしてきた。セフィロスは再びナイフを構えてまっすぐ走り込み、フンババの大きな左足の付け根あたりで刃を二、三度ひらめかせた。一瞬遅れてフンババの左足数カ所から激しく血が噴き出した。大きくバランスを崩し、がくりと左足をついた。
セフィロスは再びナイフを右手に持ち替えると、左手の拳を胸の前からグッと中空に差し上げた。フンババの周辺の大地に亀裂が走って大きく割れ、岩盤が激しく噴き上がる。それが再び叩き付けられた時、倒れ伏したフンババはもうピクリとも動かなかった。
「見事な戦いだな……」
「機甲部隊の一個中隊を上回る戦闘力ですね」
「しかも、基地と軍人たちの被害を最小限に抑える戦い方だった……。これはやはり、どうしても彼を我が国の戦力として取り込まねばな、モーガン」
「はい」
モンスターを殲滅したセフィロスは、踵を返すと3階の窓から見ていたナナキを手招きした。急いで降りてくるようにと合図をする。
なんとか今回の襲撃は退けることができたが、コンドルフォートでの襲撃のように、何度も繰り返される可能性がある以上、できるだけ早くここを離れなければならなかった。
そして彼は、なによりも大空洞へ行かなければならないと考えていた。金の戦士として自分を葬ったのが、あのクラウドであるということがどうしても受け入れられなかった。
クラウドは自分にとって、何物にも代えられない、命以上に大切な存在だった。それなのにどうして刃を交える間柄になったのか。その異常な事態をどう理解していいのか、まったくわからない。鉛の固まりを飲み込んだように、胸が重く麻痺していた。
壱番街の邸跡でまざまざと当時の記憶を取り戻したように、二人が戦ったと言われているその場所に立ってみることで、何かを思い出せるかも知れない。
そんな話は嘘だと叫んだところで、自分自身が信じられなければ、この足元が崩れ落ちるような不安をぬぐい去ることはできないのだ。真実を知ることは恐ろしく、すくみ上がるような恐怖をもたらすが、知らずにいることはもっと堪え難い苦痛をもたらす。やはり、現場に行ってみるしかないだろうと覚悟を決めるのだった。
ナナキとロビンが駆け出してきた。そのあとを追うようにマクリーン大統領と、特別調査室の面々が駆け下りてくる。
「ナナキ、ロビンを背中に乗せられるか?」
「大丈夫。ロビンしっかり掴まっていてくれよ?」
ロビンはナナキの背中によじ上り、たてがみをギュッと握りしめた。
「じゃあ、セフィロス、先に行くね。後から追いついてよ?」
ナナキはロビンを怖がらせないように、ゆっくりと走り始めた。
「セフィロス!」
「待ってください!」
セフィロスは駆け出したナナキの後ろ姿を見送りながら、マクリーン大統領に言った。
「俺がここにいると、基地は崩壊するぞ」
「そ、それは……」
「大統領、俺はどうしても“なくしたもの”を取り戻さなければならない。そうでなければ一歩も前には進めない。しばらく、放っておいてもらえないか」
「むぅ……。しかし……」
「二度と誘拐などという手段を使わないと誓うなら、敵国の軍隊に所属しないことだけは約束しよう」
セフィロスは、少し唇の端を吊り上げて大統領だけに聞こえる声で言うと、さっと身を翻してナナキの後を追った。3人は一緒になると、ベヒーモスの壊したフェンスの裂け目をひらりと飛び越えて姿を消した。
あたりはそろそろ夕闇に包まれようとしていた。
呆然と彼らを見送っていたマクリーン大統領は、我に返って慌てて言った。
「モーガン、追跡の手配はしてあるのか?」
「大丈夫です。絶対にセフィロス殿は見失いません」
「うむ。機会を見て説得を続けるとするか。……ところで、誘拐とはなんだ?」
「はっ!申しわけありません。セフィロス殿をここへお連れするためにやむなく……」
「アイラーか。今度やったらセフィロスはコスモ側に付くと覚えておけ」
「はっ!」
「お前はいつも無茶をしすぎる。結果だけを求めるな。ときにマルサリス。モンスターが特定の個人を襲撃する問題ついて情報を集めたほうがいいだろう。薫に相談してみてくれないか?」
「了解。明日朝一でジュノンへ行ってきますよ」