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第一章 長き眠りの果てに

三章 思惑の数(3)

 セフィロスたちはロビンを連れていることもあって、始終走り続けるわけにはいかなかった。カームからエッジまでの約900kmは、半分砂に埋もれた州道が走っている。モンスターの襲撃が予想されるため、極力道から離れた荒れ地を選んで通った。ふたりだけで走り続ければ翌朝には到着するだろう。しかし、それではロビンの体力がもたない。彼女の様子を見ながら速度を落とす必要があった。
 カームの基地を出て間もなく2体のベヒーモスが迫って来た。ナナキはロビンを連れて、急いで離れたところへ移動する。ベヒーモスはナナキたちには目もくれず、セフィロスに襲いかかってくるので、セフィロスは安心してナイフをふるうことができた。そのあとも何度かの襲撃を受けたがなんなく倒し、カームを離れるほどに敵は現れなくなっていた。

 ナナキは背中にロビンを乗せているのが嬉しいようだった。あんなに喋るのを厭がっていたのに、なにかと子供じみたことを言ってはロビンと笑い声を上げている。
 とっぷりと日が暮れてしまったが、いつモンスターの襲撃が始まるかもしれない。ゆっくりとテントを張るわけにもいかなかった。
 ロビンは大層な忍耐力を見せていた。ナナキの背に乗るのは、小さな子供にとって想像以上に疲れることだろう。だが彼女は、ひと言も泣き言を言わなかった。乾いた岩にもたれるようにしてロビンを座らせ、携帯食糧を食べさせた。

「ねえねえ、まもりてさま」
「だから、ナナキだって」
「うーん、じゃあナナキ。ナナキは何歳なの?ロビンはねえ、7歳。もうじき8歳になるんだよ」
「あー、えっと、オイラは数えてないんだ。いっぱいすぎてめんどくさいんだよ〜」
「ふ〜ん。いっぱいってどのくらい?10歳?20歳?」
「ちがうよ。たぶんね、140歳か150歳くらいだよ」
「へ〜。それってさあ、ロビンの母さんよりも大っきいよね? シンジおじさんよりも大っきいよね?」
「た、たぶんね。だけど、オイラはおじいちゃんじゃないんだよ!オイラたちはすっごく長生きするからね!」
 ナナキが得意げに話している。
「じゃあ、ロビンといっしょ!こどもなんだね!」
「ち、ちがうよ!オイラは子供じゃないよ〜!」
「だめー!こども!ね、おにいちゃん?」
 突然話を振られて心底驚いた顔をしたセフィロスを見て、ナナキとロビンはゲラゲラと笑い転げた。

 じっとナナキたちの様子を見ていたセフィロスの脳裏には、『オレはもう大人だよ!』と真っ赤になって言い募るクラウドの姿が浮かんでいた。ひとつのシーンを思い出すと、それに引きずられるように様々な情景が甦ってくる。一生懸命に大人になろうとするクラウドを、いつまでも過保護な親のように子供扱いしては、しょっちゅう小さな喧嘩をしていたことが思い起こされた。その喧嘩の想い出でさえ、彼の心をじんわりとあたためてくれる。
 思い出すことのできた記憶は輝くような幸せに彩られていた。
 宝条博士に「幸せに暮らして欲しい」と言われた時には、全くわからなかった「幸せ」がどんなものなのか、今ならよくわかる。

───大切な者とともにあり、それを守ること。それが俺の無上の喜びだ。

 ロビンが誘拐されたとわかった時、恐ろしいほどの怒りが沸き上がり、自分をコントロールすることができなくなった。あのとき、我を忘れるほどの怒りを引き起こしたのは、「子供の誘拐」という許すべからざる卑怯は行為に対するものだと思っていた。
 確かにそれもある。だがそれだけではなかったのだ。自分はロビンの身に誰を重ねて見ていたのか……。自分が心から守りたいと思う者は誰なのか……。
 セフィロスはこの想いに気付いたことでようやく、自分が自分自身であるという認識をはっきりと持つことができるのだった。
 クラウドが生きているかもしれないとわかった今、初めて己がこの世に三たび甦ってきた意味がはっきりと形をなしたと確信していた。

◇◇◇

 翌朝。
 陸軍ジュノン方面隊に割り当てられた庁舎にある、幹部用のブリーフィングルームの一室には、初老の男と膝を突き合わせて話し込むマルサリスの姿があった。
「そうか、マクリーン大統領はセフィロスと接触したのだな。」
「ええ、大統領のラブコールには応えてもらえませんでしたけどね。アイラー調査官の無茶な作戦がミスター・セフィロスの気持ちを硬化させたんじゃないのかな……。彼女の剛球一直線もいい加減にしてもらわないとね。僕としてはもう少し時間をかけて彼を説得したほうが良いと思ったんですが」
「ちっ!もう少し早く知っておれば、なんとしてもヤツを捕らえたものを!」
 赤ら顔に少なくなった灰色の髪をのせた、樽のような男が大きな拳でテーブルをドンとたたいた。シンラ軍陸軍大将コールマンだ。
 今回セフィロスの復活というシンラ軍の有事にあたって、マクリーン大統領とは意見が対立していた。あろうことか大統領みずから指揮権を行使してきたのを苦々しく思っていた。おまけに、セフィロスを中将として陸軍に復帰させようとしていると聞いて、その苦々しさはどす黒い怒りに変わっていた。

「なぜ、あのような得体の知れない化け物に協力を要請しなくてはならないのか? さっさと身柄を拘束するなり、殺してしまうなりすれば良いものを。違うか?マルサリス!」
「ミスター・セフィロスを拘束するなんて、できっこありませんよ。将軍」
───それを理解していただけでもアイラー調査官のほうがまだマシか。
 マルサリスは苦笑しながら言葉を続けた。
「将軍はフンババという新種のモンスターをご存知で?」
「うむ、たしか2年前に我が国で初めて発見されたのだったな」
「ええ。ベヒーモスタイプのモンスターですが、体長は標準的なベヒーモスの5倍はありそうでしたね。ミスター・セフィロスはそのフンババ1体と10数体のベヒーモスのすべてを、一瞬にして殲滅したのですよ? 我々の目の前で」
「あり得んだろう! ベヒーモス10体以上を一度に相手にするというのなら、通常なら一個中隊レベルの戦力が必要ではないか!それをたった一人でだと?」
「ま、確かに信じられない光景でしたよ。しかしそれが彼の真実です」
「うぅむ……」

 コールマンはテーブルの上を右手の指でカツカツと神経質に叩きながら考え込んでいた。
「そのような危険な怪物をだ、果たして大統領の言うように、陸軍の一員としてうまくコントロールできるかどうか……。たしかにコスモの障壁をなんとかせねば、我が軍の不利な戦況をくつがえすことはできないことはわかっている。だが、あの怪物を我が軍に取り込むことが本当に打開策となるのか?」
「……将軍」
「いや、やはりわしの考えは変わらんな。障壁の北端が縮んだ時を狙って全軍を進め、一斉攻撃するべきだ。たとえ、お前の言うように人的損失が大きいとしてもだ。…………ちっ、100年前の幽霊になにを期待するというのだ? マクリーンは経験も浅い若造ではないか」
 コールマンは顔を上げると、ギロリとマルサリスを睨みつけた。
「……マルサリス、くれぐれもお前がわしに通じていること、大統領側に気取られるな」
「ええ、わかっています。また情報をお持ちしますよ」
 肩をそびやかして部屋を出て行くコールマンの後ろ姿に向かって、マルサリスはにっこりと微笑みかけていた。

 コールマンがブリーフィングルームを出て、かっきり5分経ってからマルサリスもそっと廊下へ滑り出た。あたりに人の気配はなかった。
「さてと!薫に会いにいくか〜♪」
 彼は、ことさらのんびりした足取りで幹部用の施設が集中するエリアを立ち去った。陸軍庁舎を出ると、のんびりと繁華街のほうへ脚をのばした。
 路上にワゴンを出していた花売りから百合の花を一輪買うと、ぶらぶらと繁華街を歩きはじめた。

 

「薫?」
 ここは神羅国立環境研究所の一角、この国きっての若き天才科学者と言われる人物のラボだった。ラボの中はいつもの通りしんと静まり返っていた。マルサリ スはその静寂を壊さないように、そっと扉を閉めた。たくさんの実験機器が据え付けられたメインルームを通り抜け、奥まった小部屋に近づくと、カタカタと キーボードを打つかすかな音が聞こえてきた。
「薫」
 部屋の主は白衣の肩に黒いストレートヘアを預け、手を止めずに半分だけ振り向いた。
「ちょっと待って、フレグラン。あとこれだけ……。」
 マルサリスは薫のデスクに近づいた。あたりには資料のたぐいが散乱している。
「薫、また食事もしないで頑張ってるんだろ? 薫の好きな『パヤード』のケーキ、買ってきたよ。はい、これ」
 作業テーブルに散らばっていたプリント類をバサバサと手早くまとめて、空いたスペースに買ってきた食料品を並べ始めた。
「おい!何するんだよ!」
「旨そうだろ?イタリアンメレンゲの中にマンゴーとパッションフルーツのムースが入ってるんだって」
「あーっ!もう、ぐちゃぐちゃにして〜!分野ごとに系統立ててプライオリティ順に並べてたのに!」
「でさ、こっちはバニラビーンズをたっぷりきかせたカスタードクリームとフレッシュネーブルのタルト。朝ご飯にもちょうどいいだろ?あと、キッシュとクロークムッシュもあるけど?」
「フレグラン!」
 薫はたまりかねて立ち上がると、頬を膨らませてマルサリスを睨んだ。

───何度ここに来ても、これだけは慣れないよな。
 ビーカーに注がれるコーヒーをじっと見つめながらマルサリスは薫の小言をおとなしく聞いていた。
「まったくあんたにはあきれるよ。そんな二重スパイみたいな真似をして!バレたらどうするのさ。職を失うだけで済むのならいいよ?いつでもオレが養ってやるさ。けど、コンクリートに詰めて沈められたらどうすんのさ!」
「死んだって、薫が生き返らせてくれるだろ〜?」
「ばーか。いくらオレが天才でも死んで海に沈んだモンはどうしよーも無いよ。いい加減に危ないことするの、やめなよ」
「大丈夫だよ〜。それになんか楽しいしさ。自分だけしか知らない情報握ってんのって、気分いいんだよな〜」
 マルサリスは、がっくりと肩を落とした薫をニコニコと能天気な顔で眺めた。

「ところで、薫。昨日さ、君の親戚にあったよ」
「親戚?」
「うん。だって、君はかつての天才科学者宝条博士の子孫なんだろ? 宝条薫くん?」
「子孫って!オレはあの人の弟の子孫だよ。……そっか、セフィロス、だね……?」
 薫はビーカーの口のところをはさむように持ち上げて、器用にコーヒーを一口飲んだ。マルサリスの持ってきたタルトを手で掴むとパクッと口に入れる。無愛想な顔が心無しか緩んだように見える。
 マルサリスが満足そうに薫を見ていた。

「なあ、あの天然マテリア、どうした?」
「ああ、有効に利用したよ。サンキュー、薫」
「有効にって?」
「うん。ミッドガルの神羅ビルにね、ちょっと細工した。ミスター・セフィロスに見せようと思ってね」
「あんまり……、あくどいことするなよな」
 薫の表情がまた硬くなる。マルサリスはその変化を見て慌てて言った。
「大丈夫だよ。現に彼はストライフの記憶を求めて動き始めたんだよ?あとは、彼がストライフの居所まで俺たちを案内してくれる、だろ?」
「ホントにあんたの目論見通りにいくのかよ」
「だって、薫が言ったんじゃないか!ストライフとセフィロスは特別な間柄だったって。セフィロスが復活したら、必ずストライフを探すだろうって」
「そりゃ、たしかにそう言ったけどさ……」
「だったら!」
「オレんちの書庫にに残ってた宝条博士の資料は、あんたのパワーゲームに使わせるために見せたんじゃない!それにストライフをどうするつもりだよ!」
「………」
「まさか……? 彼はこの星の奇跡なんだよ?どうして……」
「薫……」
 薫はプイッとそっぽを向いた。

 いつの間にか窓際のシンクの横に薫の好きな百合の花が飾られていた。小さな窓から差し込む光を浴びて、白く輝いている。それを見た薫は、またふっと肩の力を抜いた。
 マルサリスは立ち上がって薫に近づき、後ろから両手を置いた。
「薫。あのコスモの障壁を破るために、セフィロスの存在は鍵となるはずだ。あの障壁さえ無ければシンラ軍はコスモをすぐに制圧するさ……。薫はニブルヘイ ムの研究施設に行ってみたいんだろ?薫が今研究していることに役立つ資料が見つかるんだろ?」
「……けど……」
「……ストライフだ。障壁へ魔晄エネルギーを注ぎ込み続けているストライフをなんとかしなければ、シンラ軍はニブルヘイムを手に入れることはできないんだよ」

 薫は肩に置かれたマルサリスの手に自分の手を重ねて振り向いた。ためらうように瞳を泳がせる薫を見て、マルサリスは励ますように頷いた。
「心配しないで。薫。あの資料のことは誰にも言わない。そうだ!マクリーン大統領から伝言があるんだ!忘れるところだったよ〜」
「ちぇっ、先に言えよ」
「ミスター・セフィロスが言うにはね、彼だけを狙って団体さんで襲撃してくるモンスターがいるんだって。一度はコンドルフォートの近くでズーとスピードサ ウンドの群れ。そして次は昨日、僕たちの目の前でベヒーモスの大群とフンババ。これって、どう思う?大統領が薫の意見を聞いてこいってさ」

「へ〜、それは実に興味深いね。ふーん、モンスターが狙ってくる……、興味深いな……」
 薫は立ち上がると、書類棚のほうへ歩いていった。一冊のファイルを抜き取ると、パラパラとめくり、「う〜ん、違うな」とつぶやいて、また違うファイルを手に取る。
 だんだんとその速度が速くなり、薫の横にあった脚立代わりの木の椅子にはどんどん資料の束が積み重ねられていく。
「あった!これこれ」
 薫はマルサリスを手招きして資料を示してみせた。
「ほら、ここ見ろよ。東大陸に現れた新種のモンスターの発見場所をまとめたものなんだ。ズーの亜種もフンババも初めて発見されたのはこのミスリルマインの山岳地帯だ。他にもたくさん、ほらな?」
 薫の指は地図上の赤い点を示している。赤い点は殆ど同じミスリルマイン北側の山中に集中していた。マルサリスはその場所を記憶にとどめた。

「なあ、フレグランはジェノバ細胞のこと知ってたっけ? セフィロスはジェノバ細胞をいまも抱えたままなんだよな……。 ストライフはどうなんだろう………。何故、自我の崩壊を乗り越えられたんだろう……。あ、 ああ〜、それと、砂漠化のこともいっしょに考えないといけないかな?……っと、いやいや、大事なのは…………あのウイルスの逆転写酵素が……どうやって人 間の……」
 言葉はだんだんと独り言になり、ラボの中をうろうろとあてどなくさまよい出した薫を見てマルサリスは声を上げて笑った。薫はそれでもぶつぶつと言いながら考え事に熱中している。
「まったく……、天才って言うのはみんなこんな感じなのかなあ。 か・お・る!」
 マルサリスは白衣に包まれた両腕を掴んで薫を自分のほうに向き直らせた。
「僕はそろそろ行くからね? 食事だけはキチンととらなきゃダメだよ?また近いうちにのぞきにくるからね?」
 遠くを見る目をしたまま、薫はカクカクと首を縦に動かした。

 

『In A Silent Way』 第一部 三章 思惑の数(3) 2006.03.03 up

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