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第一章 長き眠りの果てに

三章 思惑の数(4)

「まだ、だいじょうぶ。それよりロビンね、はやくかあさんに、あいたい。」
 休憩しようと言うたびに、気丈に答えていたロビンだが、翌日の夜にはさすがにナナキの背中で気絶するかのように眠り込んでしまった。セフィロスが彼女を背負い、早く帰りたいという彼女の気持ちを尊重して夜を徹して移動を続けた。ちょうど二日と半日かかって、あたりが白々と明るくなる頃、エッジの街にたどり着いた。
 シンジの店の戸を叩くと、さっとドアが開けられた。心配を募らせていたのだろう、少しやつれたシンジの顔が現れた。
「ロビン!」シンジが声を上げた。
「メアリーの家へ!こっちです!」
 シンジは店を飛び出すと1ブロック離れたところにあるアパートメントに駆け込んだ。
「メアリー!ロビンだ!」
 転がるように姿を現したメアリーは、すやすやと眠っているロビンを見るや、わっと泣き出してしまった。嗚咽をこらえてセフィロスの腕からロビンをそっと抱きとった。
「申し訳ない」
 セフィロスは頭を深く下げた。
「? どうして、ロビンが……。あなたたちと……?」
 シンジがロビンを引き取り、部屋の奥へと運んでいく。セフィロスは自分のためにロビンが利用された事情を簡単に話した。
「そうだったのですか。シンラ軍の基地へ……。まったくこの国はどうなっているのかしら! でもこうやって何事もなく連れ帰ってくださって、ほんとうに良かったですわ」
「マクリーン大統領に釘を刺してきた。二度とこのようなことは起こらないと思う。」
 セフィロスはメアリーの充血した眼から視線をはずし、シンジに向き直った。
「念のために、ロビンと家族に目配りを頼めないだろうか」
「ええ、ええ。もちろんです。どうしたらええか、よう考えて、必ず」
 ロビンはベッドに入れてもらってまだ良く眠っていた。彼女が目覚めてしまうと別れが辛いような気がして、セフィロスとナナキはそのままシンジの店を後にした。

 

 ふたりは中央広場のモニュメントの下に座っていた。夜はすっかりあけ、乾いた空気の中に漂う砂埃が朝日にきらめいていた。まだ、通りを行き交う人の姿もまばらだ。
「ナナキ、俺は大空洞へ行く」
「えっ?大空洞?」
「ああ。……お前とはここで別れることになるかな?」
「あ!い、いや、オイラも。オイラも一緒に行っていい?」
「…………」
 セフィロスはナナキの目をじっと見て、無言で頷いた。
「ナナキは俺を監視するのが役割なのか?」
 ナナキのたてがみが一斉に立ち上がり、しっぽがピンと後ろに伸ばされた。表情のわかりにくいナナキであったが、その分シッポが表す感情は隠しようの無いものだ。
 セフィロスは「クックック」と声を出して笑った。
「いいさ。わかっている。俺はそれでも別に構わない。一緒に行って俺を見届けるか?」
「う、うん。そうするよ」
 ナナキはいくぶん恥ずかしそうに頷いた。

 アイシクルエリアへ渡るには、船か航空機が必要になる。セフィロスは補給のための買い物先で渡航方法について情報収集することにした。
「オイラも心当たりを聞いてみるよ」
「ああ、3時間後にここで会おう」
「うん」

 セフィロスと別れたナナキは、セブンスヘブンの地下へ赴き、コスモキャニオンに連絡を取ることにした。回線を開き、コールを入れておいてしばらく応答を待つのだ。ほどなく映像と音声が繋がった。スッキリした表情のヴィンセントの姿が現れた。
「ナナキか。どうした? ずっとエッジにいるのか?」
「それがさ……」
 ナナキはこの三日間の長い冒険を語って聞かせた。口調が何故だか弾んでしまうのを抑えることができないでいた。
「なんだ、ナナキはずいぶん楽しそうだな」
 突然割り込んできたのは生物多様性センター所長のバートンだった。眼鏡を外してハンカチで拭き、もう一度掛け直した。
「バートン!そ、そんなこと無いさ。真面目に任務を果たしてるよ!」

 実際ナナキは楽しかったのだ。三日前、同じこの場所でヴィンセントから『セフィロスに張り付いていろ』と言い渡された時には、憂鬱でたまらなかった。なのに、いまのこの浮き立つような気持ちはどこから来るのだろう?
───可愛いロビンと友達になれたから?それとも、セフィロスと……、友達……?
 そこまで考えてナナキはブンブンと頭を横に振った。「セフィロス」と「友達」というふたつの単語を並べて使うのは、どうしても違和感があった。
───だけど……、思っていたようなヤツじゃなかった。
 セフィロスと一緒に大空洞へ行く。そこで彼が、クラウドとの過去を思い出すのかどうか、そして事実とどのように向き合うのか。それを考えるとブルッと身体が震えた。

「そうか、セフィロスはシンラの申し出を蹴ったのだな。さしずめ自分探しの旅というわけか。そういう動き方をしてくれるとこちらとしてはひと安心だな。このところ障壁の状態が不安定なんだ」
 ヴィンセントが言うのをうけて、バートンも頷く。
「こっちはあれが無ければ、とうていシンラと戦える戦力など無いのだから困ったものだ。おまけにあの障壁がどうして成立しているのか、いまだにわからないのだからな……」
「シンラ共和国ではさ、クラウドがあの障壁に関与してるって、思ってるみたいだよ」
「クラウドか。彼が消息を絶った時期と障壁が出現した時期は、確かに一致しているのだからな。我々としても、それは一応念頭に置いているのだが」

「ねえ、ヴィンセント。クラウドの捜索って、今どうなってるの?」
「このところ、わたしたちはプログラム<hojo>の追跡に掛かりっきりだったからな……。連合警察にも問い合わせてみるとするか。ただ、彼が行方不明になってからすでに10年以上が経過している。新たな手がかりが、そうそう見つかるとは思えんな」
「あのさ、ヴィンセント。…………あのさ」
 ナナキは下を向いてつぶやくように言った。
「なんだ」
 何気ないヴィンセントの声にビクッと肩を引きつらせた。
「えっと…………セ、セフィロスなら…………探し出してくれるよ、きっと」
 ナナキは上目遣いでモニターのヴィンセントを見つめると、小さな声で言った。
「ナナキ? 何と言ったんだ? 良く聞こえなかったが…」
「あ、いい!なんでもない!」
「ナナキ?」
「じゃ、じゃあそろそろ行くね!大空洞までのルートがどうなるかまだわからないし、どのくらいで帰ってくるかもわからないんだ。しばらくは連絡取れないと思う。心配しないで。セフィロスにはちゃんとピッタリくっついているから。じゃあね!そろそろ行かなきゃ!」
 ナナキは早口で言うとプチンと電源を落としてしまった。そして、大きなため息をついた。何となく、ヴィンセントに対して気が咎めた。嘘をついているわけでもないのにどうしてだろう、とナナキは自分の気持ちを訝った。

 隠しエレベーターを使って一階にあがると、厨房のなかをのぞき込んだ。
「ダイナ」
「おや、ナナキ。もう上がってきたの? 何か食べるかい?」
「ありがとう、ダイナ。食べ物作ってくれるんならさ、お弁当にしてくれるかな? ふたり分」
「いいともさ。ふたり分ね」

 ダイナと呼ばれた女性はこのセブンスヘブンを切り盛りするビッグママだ。子供たちを育て上げたのと同じ愛情を、代々受け継いできたこの店に注いでいる。ナナキはダイナが母親の背中にくくりつけられていた赤ん坊の頃から知っている。彼女の祖母とも、そのまた母親とも親しく付き合ってきた。この店を担ってきた女性たちは、皆、腕っ節が強くて胆の座った美人ばかりだ。
 肉のかたまりを取り出して、直火で炙り始めたダイナの横顔を見ながら、ナナキはかつて星を救う旅を共にした仲間の面影を思い起こしていた。

「そういやさ、ナナキって“星の護り手”なんだろ? “守り神”って言われることもある」
「うん、そうだね。」
「自分が神様だっていう自覚あるの?」
「ま、まさか〜。それはものの喩えだろ? 止めてくれョ、ダイナまでそんなこと言うのは」
「ぷぷっ、ゴメン、ゴメン。いやさ、最近なんか神様の話題が多くてさ。ウチのお客さんでも、なんだか急に信心深くなったり、信仰に目覚めたっていう人がちらほらいてさ。なんだか気になるんだよ」
「ふーん。神様か。どんな神様なんだろう?」
「私は知らないけどね。あちこちに教会ができてるって話だよ」

 ダイナは手早くランチボックスをふたつ並べ、中味をぎっしり詰めていった。
「オイラ、しばらく戻ってこないと思うけど、心配しないでね」
「コスモに帰るのかい?」
「ううん。アイシクルエリアに渡るんだ。そうそう、ダイナ。アイシクルに渡る方法、何か知ってる?」
「さ〜てねぇ……。とにかくルーファウス・ベイの街まで行ってごらんよ。あの街なら、船を持っている人がたくさんいるし、何か方法が見つかるんじゃないかい?」
「うん。そうだね、そうするよ」
「はい。ふたり分のお弁当!気をつけて行ってくるんだよ」
「うん。ダイナも気をつけてね」

 広場に駆け戻って行くと、すでにセフィロスが待っていた。
───やっぱりすごく目立つなあ。
 昼前になり、広場はたくさんの人で溢れていた。人ごみのなかにあっても、頭ひとつ飛び出す長身と、完璧なプロポーション、長い銀色の髪は異彩を放っていた。
───そういや……、この人、昔は神になるとか言っていたんだよね……。
 ナナキの姿を認めたセフィロスは、軽く頷いて歩み寄ってきた。クイッと指を曲げて広場の反対側を示す。そこにはかなり大きなバイクがあった。
「アイシクルに渡るには海辺の街まで行く必要があるらしい」
「ルーファウス・ベイだろ?」
「ああ、足があったほうが便利だろう?」
「どうしたの、これ?」
「買った」
「お金は?」
「フンババとベヒーモスからとっておいたアイテムが高く売れた。フォーシールドはかなりレアなアイテムらしい。ところで、お前、タンデムできるか?」
「まさか!オイラは走るからいいよ」
「そうか」
───セフィロスってやっぱり変わってるよな。
 あきれたり感心したりしながら、ナナキはバイクに近寄ってタンクに鼻を近づけた。燃料はガソリンらしい。つんと鼻を突く匂いがしていた。

◇◇◇

 午前5時30分。
 マルサリスは、大統領官邸内にある特別調査室のオフィスにこもっていた。オフィスには誰もいない。シフト勤務のグループはこのあたりには近づかない。残業に追われていたメンバーたちも3時には引き上げていった。
 照明を落とした暗いオフィスで、デスクに足を乗せて頭の後ろで手を組み、目を閉じてからかなりの時間がたっていた。うたた寝しているようにも見えるのだが、マルサリスは夜半過ぎに極秘に入手した情報について、人知れず検討中なのだった。
 
『クラウド・ストライフの生存を確認───』
 マルサリス配下の情報員から暗号化したメッセージを受け取ったのは昨夜11時過ぎのことだった。第一報が入ったとき、すぐさまこの情報を独占することを決めた。連絡をよこした情報員はマルサリスの裁量内で働く、いわば子飼いのメンバーだ。端末のセキュリティーレベルを引き上げ、ホストコンピューターに忍び込んで関連するすべての情報を綺麗に消去した。もちろん、情報員に関するファイルもだ。これで当分の間この情報を自分以外の人間が手に入れることは無いだろう。
 マルサリスにとって情報は唯一信頼の置ける武器だ。この事実をどう利用すればもっとも自分に有利になるのか、考え抜いた。

 クラウド・ストライフについてはシンラ共和国内でその評価が大きく分かれている。
 敵国コスモ連合の要石であり、抹殺すべき人物というのがおおかたの見方だ。軍事力では圧倒的な力を持つシンラ共和国が苦戦を強いられているのは、他ならぬ彼の存在に起因しているというのが、その理由だ。コールマン陸軍大将に伝えれば、気炎を吐いてストライフの抹殺に向けて動き出すだろう。
 しかし薫の言葉も心に突き刺さる。
『彼はこの星の奇跡だ』
 薫はそう言っていた。マルサリスはその言葉を、ストライフの身柄を確保して、その特殊な身体について研究したいということだと理解していた。
───やっぱり、軍部に知られるわけにはいかないな。

 情報を伝えてきた男は、不思議なメッセージを残していた。
「ストライフは、マテリアに取り巻かれている。接近、会話、戦闘等のあらゆる接触が不可能。現在地点はニブルヘイムから……」
 そこまでで音声メッセージは途切れていた。激しい雑音だけが続き、やがてそれも途絶えた。その後はコンタクトすることができない。
 その調査員の行動履歴を調べてみた。一年前にウータイ方面からコスモ連合に侵入したグループの一人で、ここ一か月ほどはニブルエリアの探索にあたっていたようだ。運悪く単独行動だった。
 突然のメッセージの途切れは、落命と考えて間違いないだろう。コスモ連合の兵士に男の正体がばれたのか。あるいは、事故に巻き込まれたのか。そこから、差し迫った危機がシンラ共和国側ないし自分にもたらされる危険は無いのか。
 それにしても、マテリアに取り巻かれているというのは、どういう状況を差しているのだろう?
 マルサリスは、別の調査員をニブルヘイムに向かわせるべく、手配を始めた。

 

『In A Silent Way』 第一部 三章 思惑の数(4) 2006.03.03 up

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