『久しぶりだな、ここは』
現れたそれは、セフィロスに近づき、肩に手をまわした。
『一緒に思いだそうか。……憎しみを』
手を伸ばし、一つの映像をたぐり寄せるようにした。それは、黒マテリアをもって近づいてくるクラウドの姿だった。
『おまえはこの人形にずいぶんとこだわっているのだな……。だが良く思いだせ。このときおまえは何を考えていた?』
痛みで頭が割れるようだった。このときの記憶が閃光となって脳内に戻ってくる。あらためて聞かれるまでもなかった。このときの自分は黒マテリアを手にすることしか考えていなかった。
己の崇高な目的のために役立ってくれた人形こそが“クラウド”。宝条博士によって作られたセフィロスコピーの中で、失敗作とされていながらただ一人役立つことができたのは、彼に“憎しみ”を与えておいたからだ。
───いや、そうなのか? 本当にそうなのか? このとき俺はクラウドを見て何を感じた? 俺は何故クラウドに憎しみを与える必要があった? クラウドがただ一人、俺のものへたどり着いたのは“憎しみ”のせいなのか?
そして、このときの自分が何故こんなにも破滅を欲しているのかが、最大の謎だった。
『おまえには、破壊と創造につらなる崇高な目的があったのではないのか。この人形との関係はその目的が達成される過程で、止揚されるのではなかったのか』
───クラウドとの関係を壊し、否定した先に成立する世界。そんなものを俺が欲していたというのか!?
黒い影のような手が伸びて、もうひとつの映像を引き寄せる。そこにはマテリアの中でじっと肉体の再生を待つ自分の姿があった。激しく渦巻くライフストリームの中にあって、その巨大なマテリアは次第に大きく成長し、それにつれてセフィロスの肉体も再生していく。肉体が再生するのをひたすら待つ日々。そこには思念が充満していた。絶対唯一の存在、至高の存在への強い欲望。己以外の一切の存在への憎悪と殺意。
『これはおまえの心だろう?おまえは絶対唯一の存在、すなわち神になろうとしていた』
───そう、確かにそうだった。しかし、何故? 何故なんだ!
甦ってくる記憶の中で、セフィロスは確かに星の支配者になろうとしていた。黒マテリアを持ってきたクラウドを見てもなんら心を乱されてはいなかった。むしろ異様な高揚感に満たされている。
───何故、こんなことになった!?
今度は自分自身が手を伸ばし、一つの映像をたぐり寄せた。
気魄を込めた強い眼差しで自分に向かい、大剣アルテマウェポンを青眼に構えるクラウド。一分の隙もない構えだった。セフィロスは愛刀正宗を下げ、だらりと垂らしていた左手を肩口まで引き上げながら、クラウドの動きを見守った。ふたりの間には歴然とした体格の差がある。クラウドが慎重に間合いをはかっているのを感じていた。
と、凄まじい気合いをのせてクラウドが撃ち込んできた。小柄な身体が、あたかも崩れ落ちる津波のように殺到してきたのを感じながら、セフィロスはすり上げる剣を使う。ギンッと剣戟の響きが大空洞の中にこだました。
『おまえが与えた“憎しみ”だけを糧に生きながらえていた人形が、どうしておまえを討ちに来た?』
───それは、もちろん俺が成就しようとしていた野望を打ち砕くため。
『おまえが悪、そして、この人形が善だと? 違うな。この人形はおまえが与えた“憎しみ”に支配され続けてここに来た』
───しかし、クラウドは俺を倒すことで、星の危機を救った!
『クックック、星を救うことがこの人形の本当の望みだったと思うか?』
二度目にクラウドから斬り込んできたとき、彼の大剣はセフィロスの左頬をかすめ、セフィロスの剣はクラウドの左脇を浅く切り裂いた。
すれ違い、向き合ったときクラウドは素早い第二撃をセフィロスの脇腹に叩きつけてきた。その切っ先がわずかに低く流れたのは、すでに左脇を切られていたからだろう。セフィロスはかわしながら同時にさらに踏み込んで、クラウドの胴を打った。クラウドの剣が下方から跳ね上がってきて正宗を受け止める。弾かれたようにふたりは離れていた。セフィロスの脇腹は一文字に熱く燃える傷を受けていた。
『クックック、残念ながらこいつとお前のあいだにあるのは“憎しみ”だけ。この殺し合い……、おまえは楽しんでいたのだろう?役目を終えた人形はもういらない。だが、自分が与えた憎しみに、ここまで翻弄される人形が少し愛おしくなった。そこで、おまえは人形への褒美に死を与えるつもりだった?』
───そう、確かにこのとき、“死”のイメージが俺の中にあった。クラウドの?俺自身の? 俺は本当にクラウドの死を望んだことがあるのか?……一度でも。
クラウドは大剣を頭上に掲げて、闘気を高めていた。限界まで集積した闘気を青眼に構え直した剣に注ぎ込んだ。鋭い足使いで目にもとまらぬ早さで殺到してくる。押し寄せてくる剣圧に、一瞬セフィロスの動きが止まった。
袈裟懸けに一閃、切り上げ、突き。さらに切り上げながら大きくジャンプし、落下の勢いを乗せた強烈な一撃を撃ち込んでくる。着地で崩れた体勢を立て直しながら、大剣を中段に構え直す。突きから払いへの目にもとまらぬ変化。とどまるところを知らない連続攻撃にセフィロスは身じろぎすることもできなかった。
クラウドは再びその大剣に闘気を込めた。すべての力が集中した刀身はまばゆい光を放ち、叩き付けられた渾身の一撃は、閃光とともにセフィロスの身体を貫いた。
アルテマウェポンの切っ先から流れ込んでくるのは、クラウドの意識だろうか?読み解くのが難しいほど複雑に絡み合った思念だ。怒りと恐れ、嫌悪と悲しみ、絶望と慟哭、そして愛情と癒し───。それから、これは?……小さな、希望? その思いのひとつひとつが、強く大きな波動となってセフィロスの身体に染み渡っていく。
───解放された。これこそが自分の望みだったのではないか?クラウドの剣によってのみ、自分をとらえる何かから解放される。だから……。
『おまえの崇高なる目的をくじいた存在。いままだこの星に生きながらえているのだとすれば、おまえの取るべき道はひとつ』
───しかし!
『私はおまえ自身の暗部。心の闇だ。おまえがあの人形にこだわる気持ちを捨てられないなら、今一度おまえを私の中に取り込んでやろう。私の中で眠ってしまうがいい。クックック……!ハッハッハッハッ……!』
哄笑を続けるそれは暗さを増し、人の姿を失ってじわじわと大きく膨れ上がる。黒い粒子の集合体、霧のようなものになってセフィロスを取り囲んだ。黒い霧は戸惑うセフィロスの不安を吸収して成長するかのようだった。セフィロスは一歩後ずさりした。
───やめろ!
あたりはまっ暗になった。たくさんあった記憶の映像はすべて闇に包み込まれ、見ることはできなくなった。闇はどんどん大きくなり、自分自身の存在はどんどんと小さくなり暗闇に飲み込まれていく。
セフィロスは走り出した。黒い霧から抜け出さなくてはいけない。そうでなければ、本当に自分は、もう一人の自分、黒い闇を抱えた暗部に支配されてしまう。恐怖がセフィロスを駆り立てた。だが、どこまで走っても、黒い霧は途切れることがない。
『無駄だ。このわたしはお前自身だと言っただろう?自分自身の内面世界からどうやって出て行こうというのだ。おとなしく眠りにつくがいい』
黒い霧がセフィロスを内にとらえたまま、収縮を始めた。濃度を増した闇が身体にまとわりつく。首に絡み付く触手のような霧がセフィロスの呼吸を妨げた。
───くっ!
のど元に手をかけてもがいても、その拘束は解けず、やがて意識が遠のいていった。
『セフィロス……!』
遠くに懐かしい呼び声が聞こえ、セフィロスのまぶたに、きらりと光る何かが飛び込んで来た。ハッとして目を大きく開き、頭を巡らせる。
『こっちだよ、セフィロス!』
霧の向こうに揺らめくように金色の光が透けて見えた。光の射す方向へ身体を引きずる。両足が闇の触手に絡みつかれているのを、引きはがすように動かした。
『信じているよ、セフィロス……!』
金色の光がいっそう輝きを増し、セフィロスの身体に力がみなぎってくる。
───クラウドなのか? 俺を信じるというのか。今のこの俺を。
絡み付く闇を振り払い、必死で光りに向かって手を伸ばした。光は大きく強くなり、白く発光する中心のところに何かがよぎった。
───クラウド!?
白い光の中心に青い翼が見えたと思ったそのとき、翼が大きく羽ばたいて一陣の風が吹き込んで来た。セフィロスを捉えていた闇が震えた。セフィロスは真っ白に輝く光の中へ飛び込んだ。
「……ロス! ……セフィロス!しっかりして!」
肩を強く揺すぶる手に気づいた。ハッと目を開く。
「大丈夫?セフィロス」
ナナキが心配そうな顔でセフィロスの胸にのしかかるようにして覗き込んでいた。
「重いぞ……」
「はあ、よかった。起き上がれる?」
セフィロスは上体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。まぶたの裏から後頭部に鋭い痛みが走った。
「辛そうだね。だけど、ゆっくりしていられないんだ。あっちでヘリが一機炎上している」
ダダダダ、ダダダダ───
そういえば、サブマシンガンの連射音があたりに響き渡っていた。炎上するヘリコプターの横で2体の鉄巨人と向き合っているのは、シンラ共和国特別調査室のマルサリスだった。
ドーンと地響きを立てて振り下ろされた巨大な剣を避けて、後ずさるマルサリスはついに壁を背に退路を断たれてしまった。少しでもひらけた方向に活路を開こうとして、彼はナナキとセフィロスの姿を見つけたようだ。
バリバリッ!ズガガーーン!ドガガーーン!
空気を引き裂く気配がするや、鼓膜を突き破るような激しい音とともに、2体のモンスターが弾け飛ぶ。ナナキとセフィロスはほぼ同時に雷の魔法を発動していた。頭頂部から黒い煙を立ち上らせて鉄巨人は動きを止めた。
マルサリスは、サブマシンガンをドサリと落とすと、手のひらの汗をジーンズに擦り付けて落とした。2、3度深呼吸をすると、すこし引きつった笑顔をふたりに向けた。
「こんなところで何をしているのさ」
ナナキの問いにマルサリスは、何度も首を縦に動かして頷いた。
「は、ははは。そうだよね、こんなところで何やってるんだろうね、僕は。まっすぐヘリで降下すれば簡単に大空洞の底にいけるって聞いたんだけどな」
「……なにしに来たの?」
「あ〜、そりゃもちろん、あなたたちに会いに……」
「……」
あきれたようにマルサリスを見ていたナナキは、セフィロスを見た。まだ夢から覚めたばかりのような顔をしている。
「なにか急ぎの用事でもあるの?」
マルサリスは岩壁を背につけたまま、ずるずるとその場にへたり込んでナナキとセフィロスを見上げた。
「ふう、そうなんです。是非ミスター・セフィロスにお知らせしておきたいことがあって。それにしても、さっきの黒い霧は何ですか? あの霧を見ていたら、ヘリの操縦を失敗しちゃって」
「あれが……見えていたのか?」
ずっと黙ってふたりのやり取りを見ていたセフィロスがやっと口を開いた。
「セフィロス、オイラにも見えていたよ。その前にセフィロスが何かに魅入られたように固まっちゃってさ。ビックリしているあいだに、黒い霧がセフィロスの身体を包んでしまったんだ」
「……」セフィロスは無言で考え込んでしまった。
「で、急ぎの用事って何?」
「あ、ほかでもありません。クラウド・ストライフに関する新情報が手に入ったので、お知らせしに来たのです。一刻も早く宿敵の所在をお知りになりたいだろうと思いまして」
「宿敵?」
ナナキは怪訝な声で聞き返した。
「……?そうでしょ?ミスター・セフィロスはストライフを探し出して、因縁の対決に決着をつけるつもりでは、ないのですか?」
「そんなこと、考えてるの?セフィロス」
「……バカな」
セフィロスは不愉快を絵に描いたような顔をして、くるっと背を向け、スタスタと歩き始めた。
「ナナキ、行こう。ここですべきことはもうない」
「そうなの?もういいんだね?」
「ああ」
軽々と跳躍しながら岩棚をあがっていくふたりと、炎上するヘリを見比べてハッとしたマルサリスは慌てて駆け出した。
「待ってくださーい!僕も行きます!」
セフィロスは黙々と歩いていた。ナナキが気遣わしげにセフィロスとマルサリスを交互に見ている。マルサリスが遅れがちになってもセフィロスが歩みを止めることはなかった。モンスターがマルサリスに襲いかかると、ナナキが素早く助勢に駆け戻った。セフィロスはマルサリスなど存在しないかのようにふるまっている。
「ねえねえ、セフィロス。クラウドの居場所、聞かなくていいの?」
「どうせ何か裏があるんだろう」
「だって、オイラは気になるよ」
「じゃあ、ナナキが聞くんだな」
「……セフィロス」
にべもないセフィロスの返事に苦笑するナナキだった。
「あのさ、ロビンの絵本、覚えてる?」
「ああ」
「あんな感じの風説、つまりセフィロスもクラウドも両方とも星に仇なす存在であるという説がまことしやかに広まり始めてからは、クラウドはあんまり人前に姿を現さなくなって、隠遁生活みたいなことしてたよ」
ナナキは再びクラウドの話を始めた。必死に追いすがって来たマルサリスが後ろで聞き耳を立てている。
「周りのみんなは、気にするな、堂々としてろって、励ましてたんだけどさ。あの事件の詳細を実際に知っているのは一握りの人たちだけだからね。世間一般の人にとってはさ、週刊誌に載っている記事や、ワイドショーで流れる風説こそが真実だよね。その誤解をひとりひとり、解いて回るわけにもいかないし」
セフィロスは黙って頷いた。
ナナキの話から、自分が海底のライフストリームの中で眠っているあいだに、クラウドがどんな生活をしていたのか、おぼろげに想像することができた。クラウドに対する心ない中傷と、年老いることのない特殊な肉体は、彼に長く孤独な生を強いていた。
熱心にクラウドの話をするナナキは、セフィロスにクラウドを探し出し、救ってやって欲しいと言外にほのめかしているのだ。
振り返るとマルサリスがジギィ相手にサブマシンガンを振り回していた。セフィロスは腕を一振りしてブリザドを放つと、静かにマルサリスに近づいていった。
「話を聞かせてもらおうか」
◇◇◇
その日、ヴィンセントはロケット村にある警察署に来ていた。かつてクラウドの捜査本部が置かれていたコスモ連合警察で、捜索を担当していた署員何人かと面会した。捜査員のほとんどが「ストライフ氏の捜索を再開するなら、是非会ってみるといい」と推薦したのが、レニー・グラッペリだった。捜査本部解散を誰よりも惜しみ、今も地道にクラウドに関する情報を集めているという。
応接室に通されてグラッペリを待っていたヴィンセントは、ドアのひらく音を聞いて立ち上がり、振り返った。入ってきたのは体格の良いスーツ姿の男性だった。
「お待たせしました」
「ヴィンセント・ヴァレンタインです」
ヴィンセントの差し出した右手をとり、グラッペリはまぶしそうな顔で笑った。軽く握手をすると、ふたりはソファに腰をおろした。
「グラッペリさん、今日お伺いしたのは……」
「ヴァレンタインさん、どうかレニーと呼んでください。昔そうしてくれたように」
ヴィンセントは、ハッとしてグラッペリの顔を見た。短めに刈り込まれた青みがかった髪と紺色の瞳。そして左眉の端についた小さな傷跡に目がいった。
「君は……もしかして、クラウドと一緒にいた……レニーか」
グラッペリはニコニコと笑いながら何度も頷いた。
「ええ、そうです。子供の頃に何度かお目にかかっています。……ハハハ、やはりあなたは少しも変わっていませんね。僕はすっかり年を取ってしまいました。わからなくても無理はありません。そうだ、これを見てください」
グラッペリは胸のポケットから手帳を取り出し、挟まれていた写真を差し出した。そこにはクラウドを取り囲むように3人の子供たちが写っている。ヴィンセントは自分がこの写真を撮影した本人であることを思いだした。
「これは……20年ほど前だったかな」
「ええ、コスモキャニオンの東端にあったクラウドの家です。懐かしい……。今でもよく思いだします」
ヴィンセントは頷いた。コスモキャニオンのこの地区は、十数年前の集中豪雨で発生した土石流の被害を受けた。クラウドが子供たちと過ごしていた家はもう無い。
「そうか、それで君はクラウドの捜索を……」
「ええ。クラウドは僕たちにとって父親であり、兄であり、先生でもある。あの人の凄さは誰よりもよく知っています」
「彼が、滅多なことでは死なない身体であるということも?」
「もちろんです。ですから、僕はこうして探し続けているのです」
ヴィンセントは得心した。
「僕は学校を卒業するとすぐに警察官になりました。最初に配属された捜査課でクラウドの捜査班になったときには、神に祈りが通じたと思いましたよ。でも、捜査の成果は上がらず、どんどん縮小され……。残念なことですが、3年前に捜索は完全に打ち切られました。それでも長く粘ったほうです。法的には失踪7年で死亡扱いですからね」
「そうだな」ヴィンセントも頷く。
「僕は配置替えを希望して、今はこうして経理担当職員ですよ。帰宅後の時間を自由に使えるし、それに有給休暇なんかを使って、地道にやってます。このふたりもいますしね」
グラッペリは写真を指差した。
ヴィンセントの脳裏にこの日の光景が蘇ってきた。
小さなログハウスだった。クラウドに呼ばれて訪ねていったヴィンセントはドアを開ける三人の子供たちに迎えられた。
* * *
「こいつがレニー・グラッペリ。13歳だ。そしてこれがペギー・チェンバース、10歳。で、この一番ちっこいのがエルヴィン・テイラー、7歳だよ」
「クラウド、この子たち3人を、おまえが一人で?」
「ああ。オレが世話をしているって言うよりは、オレが調査に出ている間、留守番をしてもらっているってところかな。こいつら、しっかりしてるから。自分たちのことは自分たちでできるんだ。な?」
クラウドはそう言って子供たちに笑いかけた。三人は一様に、首を何回も縦に振って同意を示している。あまり表情を表わさないヴィンセントを前にして、子供たちは緊張しているようだった。
クラウドに促されてテーブルについたヴィンセントは、レニー、ペギー、エルヴィンが一列にダイニングルームに入ってくるのを眺めていた。三人の子供たちはそれぞれトレイを捧げ持っていて、テーブルのそばに来ると神妙な顔をしてお茶の用意を始めた。レニーが熱いポットと、暖めたカップをテーブルに並べる。隣ではペギーがスライスしたパウンドケーキを配っている。エルヴィンはさも大事そうにスプーンとフォークを一つ一つセットしていく。
「ヴィンセント、このケーキもこいつらがお前のために焼いてくれたんだよ」
「そうなのか。すまない」
「ヴィンセント、こういう時は『ありがとう』っていうんだ、な?エルヴィン」
「うん、そうだよ!」
ヴィンセントが困ったように笑うのを見て、子供たちの顔にも笑顔が広がった。
* * *
「ペギーは今、コスモ連合軍の兵士です。北コレルエリア方面隊にいますから、めったに会えませんが協力してくれています。そして、ちびっ子のエルヴィンはコスモ大学の分子生物学の研究室にいます」
「ほう」
ヴィンセントは自分を残して流れていく時の流れを感じた。年を取るのが極端に遅いヴィンセントは、しばしば時の流れを見失うことがある。周りの人間がふと思いがけないほど老いているのを見たとき、また子供だった者がこうして一人前の姿で現れるとき、突如として流れ去った時間の長さを意識させられる。
「クラウドが自分の身体の特殊性について調べていたことはご存知ですよね?」
「ああ、たしか、大学附属病院に頼んでいたと」
「パウエル教授です。エルヴィンはその研究チームにも参加しています。彼も情報収集には協力してくれています」
「そうなのか」
「ヴィンセントさん、実はとってもタイムリーな情報があるんです。これを見てください」
レニーがブリーフケースから取り出した書類をセンターテーブルの上に置いた。写真の入ったクリアファイルに目を留め、ヴィンセントは中味を取り出した。不鮮明ながら、山道でチョコボを曳くクラウドの姿がプリントされている。
「これは?」
「失踪直前の姿を上空からとらえたものだと思います。先週、窃盗容疑で逮捕した男が所持していたものなんです。他に壊れてしまったシンラ共和国製の携帯端末と偽造の運転免許証を持っていました。その男は、この免許証の顔写真とは似ても似つかない面相で、ニブル山への登山道の入り口で拾ったものだと言っています」
「……シンラがこの偽造免許証の男を使ってクラウドを探している、そういうことか?」
「ええ、シンラ共和国の誰が、何の目的でやっているのかはわかりません。ですが、僕たちもうかうかしてはいられません。今日あなたが訪ねてきてくださって、本当に良かった。強い味方が現れたと思っていいんですよね」
グラッペリは大きな身体を乗り出すようにしてヴィンセントの目を見た。
「無論だ。わたしも思わぬ援軍を得られて心強い」
破顔したグラッペリは、次々と今までの調査資料を取り出した。
「では、こっちの資料も見てください」
ヴィンセントの携帯電話が鳴り出したのはその時だった。
「はい。───なに?」
最初に驚きの声を上げたきり、無言で相手の言葉を聞くヴィンセントの表情はどんどん緊張の色を濃くした。通話を終えたヴィンセントはグラッペリに告げた。
「シンラ共和国軍が障壁の北端から侵攻を開始したらしい」