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第一章 長き眠りの果てに

四章 大空洞(3)

 大空洞の内壁を登りきったところで、マルサリスは調査員からの最後の通信についてセフィロスに説明した。携帯端末で呼び出した地図でコスモ連合の北西エリアを拡大表示し、ニブル山の周辺を捜索のターゲット地域として指し示す。地図上では小さくともかなり広範囲に及んでいた。
 マルサリスがクラウド・ストライフの消息に関わる新情報のあらましを伝え終わると、セフィロスは考え込むように指先を顎にすべらせた。冷たい色の瞳がマルサリスをとらえる。
「で、おまえは俺にいったい何をさせたいんだ?」
「そ、それは……」
 言葉に詰まったマルサリスを助けるように、マルサリスの端末がアラートを発したのはその時だった。

───陸軍第一連隊がノースコレル北部より障壁内へ侵攻。特別調査室各メンバーは直ちにジュノンへ急行のこと───

「なんだって!? あのタヌキ親爺……!自滅しにいったのか!」
「いったいどうなってるの? ノースコレル?シンラ軍が攻め込んだの?」
 心配そうなナナキがマルサリスの端末を覗き込んだ。セフィロスも眉をひそめてマルサリスを見守っていた。遠くからバラバラとローターの爆音が聞こえ、まもなく彼らの頭上に大型輸送ヘリが姿を現した。顔を出したのはアイラー調査官だ。
「マルサリス!大統領からの緊急召集だ。もたもたせずにさっさとあがってこい!」
 アイラーはセフィロスとナナキにもワイヤーを投げると叫んだ。
「セフィロス殿!星の護り手殿! とにかくマルサリスと一緒にジュノンへお越しください」
 セフィロスとナナキが不審な顔でマルサリスを見た。三人は強い風にあおられながら、腹の内を探り合うように睨み合った。アイラーの声がもう一度響く。
「早く!」
「ミスター・セフィロス、僕の思惑がどこにあるにせよ、ニブルエリアへ行くおつもりなら、穏便に西大陸へ渡る方法を検討しなければいけません。ジュノンへ行きましょう。ジュノンならきっと良い方法がみつかります」
 マルサリスは珍しく有無をいわさぬ強引さで彼らをヘリへと引き上げたのだった。

 爆音に満たされた機内でマルサリスは、戦局情報の収集に努めた。迎えにきたアイラー調査官が、マルサリスの単独行動を批判し始めたのに「ごめん、ごめん」とおざなりな謝罪をする。
 第一連隊は今朝夜明けとともに障壁北端のゆるみ部分から西へと進軍を開始した。ノースコレルを東西に走る山脈の東端あたりに、部隊を秘かに集結させていたのだ。マクリーン大統領の裁可を仰がず、コールマン陸軍大将の独断で展開された作戦だと発表されている。
 ノースコレル山脈の北側の隘路には、当然コスモ連合軍が布陣しており、シンラ軍には多大な死傷者が出ている模様だ。
「いったいどうしてこんな無謀なことを……」
 マルサリスのつぶやきに、アイラーは吐き捨てるように答えた。
「コールマンの暴走だ。公然と大統領の政策批判まで始めたらしい。次の大統領選に打って出る肚なのだろう?一発逆転でも狙っているのではないか」
「ふーん」
───何故、もう少し待てなかった?コールマン
 マルサリスは舌打ちしたいのを、やっとのことで堪えた。アイラーに背を向けて座りこみ、宙を睨みつけた。

 ガイアの絶壁で彼らをピックアップした輸送用ヘリは、一個小隊全員が搭乗してヘリボーン作戦を実行できるクラスのものだった。今機内にいるのはパイロットを含めて5名だ。常よりもだだっ広く感じる床の左端にはナナキがストンと尻をおろして座っている。時おりシッポがそわそわと床を打ち、片方だけの瞳がまばたきを繰り返している。右側ではセフィロスが片膝を立てて座っている。こちらは目を閉じたまま瞑想でもするかのように動かなかった。
「ミスター・セフィロス」
 マルサリスは立ち上がってセフィロスに近寄ると、声をかけた。セフィロスは閉じていた目を開き、マルサリスを無表情に見上げた。マルサリスはかかとの上に腰を落とすとナナキのほうを向き、手招きした。
「シンラ共和国とコスモ連合には現在正常な国交がありません。内海を渡って上陸しても障壁があって、西へは進めません。今回陸軍が侵攻したノースコレル北側か、ゴンガガ南部にまわれば通れるルートはありますが、コスモ連合軍が厳重に封鎖しています。あるいは星の護り手様なら通行許可が下りるかもしれませんが」
「空路はどうだ?」
「障壁の高さが曲者です。この障壁は日によって、時間によって形を変えています。魔力の供給にムラがあるのではないかというのが科学者の意見ですが……。とにかくあの高さを超えるには民間の航空機の性能ではまず無理でしょう。しかし、軍の航空機を使えば撃墜されることは目に見えています。あるいは、東大陸を横断してウータイ側から接近するか……、このルートだと燃料の補給に問題があるのです」
「ナナキ、どうだ?」
「オイラがこのまえ、こっちに移動してきた時はちょうど、休戦中だったからね。出るのに問題は無かったよ。でも今度は緊張状態の中、入るわけだからね。どうかな、オイラが一緒っていうだけでセフィロスが通れるかどうか……」 
「とにかく、ジュノンでもう少し詳しい戦況をみて判断しましょうか。もう間もなく到着ですよ」
 マルサリスはそう言うと、立ち上がってコックピット近くへと戻った。携帯端末を手にとり、操作を始めるが、視線はセフィロスとナナキの上をさまよっていた。
 セフィロスはコートのポケットから取り出した青いマテリアを眺めていた。薫から取り上げて、神羅ビルに目につくように置いておいたものだった。セフィロスはマルサリスの期待通り、あの部屋で記憶の一部を取り戻し、この大空洞まで来ている。この調子でストライフとの確執を思い出して彼を探し出してくれればいいが───。そこまで考えて、ふと違和感を感じた。あの、マテリアを見つめている様子は……、何だろう? あれが仇敵を捜そうとする男の目だろうか。マルサリスはどこか釈然としないものを感じていた。 

 夕闇の迫るジュノン空港に到着したマルサリスは、ヘリから飛び降りるとターミナルビルへと早足で歩き始めた。背後でアイラーがセフィロスとナナキに何か頼み事をしているようだった。おそらくマクリーン大統領のところへ足を運ぶように頼んでいるのだろう。自分は一刻も早く情報収集に取りかからなければならない。彼らのことはアイラーに任せておけば見失わないだろう。
 ふと、建物の入り口から出てきた人影に気づいた。
「薫!」
 マルサリスは驚いて走り寄る。
「どうしたの?こんなところで?」
「どうしよう、フレグラン。シンラ軍がニブルを占拠しちゃったら……。クラウド・ストライフを見つけて殺してしまったら……」
「薫……。大丈夫だよ。僕が……、僕が、絶対になんとかするから」
 マルサリスはそう言って薫の背中をなだめるように擦った。そうしながらふと顔を上げたとき、ガラスドアに映る自分の瞳に気づいた。
 そこには、さっきヘリの中で見たセフィロスと同じ目をした自分がいた。そう、マルサリスは知っていた。
───それは大切な人を想い、心を捧げる者の目だった。

◇◇◇

 大統領に会って欲しいと食い下がるアイラーの頼みを渋々聞き入れたセフィロスは、空軍の兵士が慌ただしく立ち働くエアポートの突端から西大陸へ続く内海を眺めていた。夕凪のあとの乾いた陸風が足元のコンクリートから立ちのぼる熱気を運び去り、気温は急速に下がっていた。空を茜色に染めていた残照は消え、黒々とした海面は街の灯りを鈍く映して揺れていた。どうにかしてこの海を越え、ニブルエリアへたどり着く術を探さなくてはならない。

 背後に何人もの足音が近づくのに気づき、セフィロスはそっと振り向いた。黒服の護衛官たちをゾロゾロと引き連れたマクリーン大統領が近づいて来るのが見えた。彼は黒服たちを途中で押しとどめ、欄干に寄りかかって背を向けているセフィロスの横に並んだ。モーガン特別調査室室長とアイラー調査官だけが数歩後ろまで付き従い、軽く会釈をしてきた。
「大空洞へ行ってきたそうだね」
「ああ」
「探しものは見つかったのか?」
 質問には答えず、くるりと身体の向きをかえたセフィロスは格納庫から次々と引き出されて、エアポートに整列する戦闘機を顎で指した。
「空軍を動かすのか」
「……ノースコレル侵攻のことは聞いているか?」
 セフィロスは無言で頷いた。
「……この後すぐ、統合幕僚会議だ。だが、私はまだ……迷っている」

 キーンと耳を聾するエンジンの音が渦巻き、目の前を整備用車両が忙しく行き交う。100年前には見かけたことのない戦闘目的の航空機を、セフィロスは興味深く眺めていた。
「シンラ軍に復帰する気には……、まだならないか」
 セフィロスはマクリーンをじろりと見下ろした。たいがいの者をたじろがせる強い視線をしっかりと受け止めて、マクリーンは続けた。
「軍を掌握できない。国土は荒廃の一途。奇病の流行───問題は山積みだ」
 表情を動かすことなく視線をはずしてしまったセフィロスに、思いの丈をぶつけるようにマクリーンの言葉が続いた。
「侵攻開始から6時間。陸軍は1,000人近い死傷者を出している。コスモ連合軍側にもおそらく同様の死傷者が出ているだろう……。私は……、こんなやり方を望んでいたわけではない。……いったいどうすれば……」
 マクリーンは絞り出すような声で呻いた。セフィロスのほうに向き直り、顔を覗き込むようにして言葉を続ける。
「きみは……何かを取り戻さなければならないと言っていたな。私が力添えしよう。どうかな? いや、ぜひとも協力させて欲しい!だから……」
「それは俺の個人的な問題だ」
 セフィロスは冷たく言い放った。マクリーンが打ちひしがれたような表情を浮かべるのには気づかない振りをした。エアポートの外周を囲む欄干に預けていた身体を起こし、ナナキを促して歩き始めた。が、数歩進んだところで立ち止まり、ふと気になっていたことをこの青年に聞いてみようと思った。
「魔晄を使うことは禁止されていたのだったな」
 マクリーンはセフィロスの意図を計りかねたのか不思議そうな顔で曖昧に頷いた。
「この戦闘機の燃料は? この街の電力は何でまかなっている?」
「それなら…、CEG───クリーンエナジージェネレーションシステムだ。神羅エレクトリックカンパニーの開発したエネルギー発生装置で、化石燃料よりも環境に優しく、コストパフォーマンスにすぐれている。コンパクト化技術が進んだので戦闘機にも搭載できるようになった」
「そうか」セフィロスは指先を唇にあてて何か考え込むと、独り言のようにつぶやいた。
「どこからか……魔晄のにおいがするな」
 マクリーン大統領は訝しげな顔をセフィロスに向けた。セフィロスは暗い夜空を見上げた。
「おまえは何のためにそこにいる?───兵士や国民を救う力を持っているのは誰だ?」
 マクリーンは山頂から吹き下ろす強い風の中で、自分の両手のひらをじっと見つめていた。セフィロスは立ちすくんだマクリーンを残してエアポートを後にした。

 ジュノンの街は100年前の面影がよく残っていた。海中に向かって落ち込むように切り立った山肌に沿って作られた街は、やはりミッドガルと同様に上下に分かれた構造を持っていた。おそらく、セフィロスもよく知るかつてのジュノンをそのまま拡張していったのだろう。巨大な軍事施設と、軍関係者に提供するためのサービスを中心にした繁華街、兵舎、住宅などでを有する巨大な要塞都市だった。息を潜めるように人々が暮らす寂れた漁村、アンダージュノンは今も残っているのだろうか。
 西大陸に渡る方法に関して、実際セフィロスたちは無策だった。ヘリの中でマルサリスが言っていた困難は事実だろう。かといって、マクリーン大統領の手を借りるのは問題外だ。セフィロスは頭の中に世界地図を思い描きながら、ナナキと食事ができそうなところを探しながら歩いていた。

「おーい! 兄さーん! こっち、こっち!」
 聞き覚えのある割れ鐘のような大声が背後から聞こえてきた。セフィロスが後ろを振り返る間に、ナナキがもう声の主に気づいて、その場で大きく飛び跳ねた。
「シンジだよ!」
 走っているのかよろめいているのかわからないような足取りで、口ひげを蓄えた男が近づいてきた。グラスランドの砂漠で出会ったキャラバンのリーダー、シンジだった。
「はあ、はあ……。護り手さま、兄さん、いつこっちへ? わしは昨日戻ってきたばっかりですのや。エッジで新しい注文がぎょうさん取れましたさかいな」
「俺たちはさっき到着したばかりだ。こんなところで知った顔に会うとは思わなかったな」
「ホンマや!しかし、あんたさんらはやっぱり、ごっつい目立ちますなあ。遠くからでもすぐにわかったわ。ハッハッハッ」
「ロビンは元気にしているか?」
「ああ、安心しててや。わしらにも自分らの身を護る術はあるんや」
 シンジの豪快な笑い声を聞いて、セフィロスはロビンの心配を一時棚上げすることにした。マクリーン大統領への牽制も功を奏していると考えていいだろう。
「で、こっちでは何を?」
「ああ、実はコスモ側へ渡る方法を探している」
 シンジは「ほぅ、それは……」と驚きの表情を浮かべると、ついとセフィロスの背後を指差して言った。
「そこ、入りましょか」

 指の先にはシンジにはおよそ似つかわしくない、洒落たパティスリーがあった。シンジは若い女性客で溢れる店内で、ひるむことなく奥へと歩を進める。ナナキはためらいがちに店内を窺っていたが、飼い主の足元におとなしく座る白っぽい大型犬を見つけると、自分もすました顔でセフィロスのあとに続いた。店の奥は本格的な食事もできるビストロになっていた。
 シンジは“Private”と記されたドアを開け、ふたりを中へといざなった。
「ここはわしの娘がやってる店です。『パヤード』いうたら、若い娘さんの間ではそこそこ有名らしいですな」
 照れたような笑顔が、少し得意げに見える。商談に使われるらしい小部屋で勧められた椅子に腰をおろすと、白い制服と背の高い帽子をかぶった女性が半開きのドアから姿を現した。
「いらっしゃいませ! 父がいつもお世話になっています〜。いま、お食事をご用意しますからゆっくりしていってくださいねー!」
 にこやかに声をかけ、再びバタンとドアが閉まった。その間に、シンジは事務机に据え付けられた電話を使っていた。
「ええ、そうそう、そうですねん。星の護り手様とそのお連れさんや。わしの命の恩人やから。え?うん、うん。ほな、よろしゅう頼んます!」
 シンジはふたりを振り返ると、親指をグッと上に突き出して笑った。
「ちょうどええタイミングで、出荷用の飛空挺便がありますねん」
 シンジの説明によると、その飛空挺は2日後、ジュノンを飛び立って北の海上を通り抜け、ウータイを目指すという。いったんウータイへ入り、そこから西大陸に渡ってはどうかというのだ。セフィロスは事務所の壁に貼られていた世界地図に目をやった。
「今、このエリアでシンラ軍とコスモ共和国軍とが武力衝突を始めたそうだが、知っているか?」
「ああ、知ってます。気がかりはそこや。いつもやったらわしらの入っている商工連合会、通称“虎山会”の目印がついた飛空挺は撃墜されることはあらへん。安心して乗ってもらえるんやがなあ。とにかく、あとで虎山会の会長がここへ来ますよって、会うてください。具体的な話を詰めましょ」
 グラスランドでシンジのキャラバンと遭遇したのは、どうやらセフィロスにとって思わぬ幸運だったようだ。

 

『In A Silent Way』 第一部 四章 大空洞(3) 2006.06.02 up

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