貨物専用に内装された虎山会の飛空艇は、ブリッジ以外はわずかな居住スペースを残してすべてカーゴルームにあてられていた。ジュノンからウータイへと運ばれる商品はそれほど多くない。カーゴルームの床は半分以上が露出していた。逆にウータイからはたくさんの生鮮食料品が空輸されているらしい。空輸をすれば輸送費が上乗せされて高値になる。だが、まだ豊かな自然の恵みにあふれたウータイ産の海産物や、くだもの、野菜などは、東大陸では価格関わらず飛ぶように売れていくのだという。
セフィロスはほぼ砂漠と化した東大陸の過酷な自然を思い出していた。エッジ、カーム、ジュノンと、シンラ共和国の主だった街を見てきたが、市民の生活はそれほど貧しいものではなかった。が、輸入高級食材を口にできる市民がそれほど多く居るとも思えなかった。どんな手段で今の経済状態を維持しているのかは知らないが、国土の荒廃の度合いから見て、シンラ共和国の経済がジリ貧の状態にあることは間違いが無い。少しでも荒廃の少ない土地を求めたというのが、この長い戦争の理由なのだろう。
狭苦しい船室を逃れデッキに上がってきたセフィロスは、夕べ出会った宝条薫との会話を思い起こしていた。薫はシンラ国立環境研究所を拠点にしているというが、その興味の対象は驚くほど多方面に渡っていた。深夜から夜明けまでの何時間かの間にも、めまぐるしく変わる話題は、セフィロスにとっても興味深いものばかりだった。
薫がとりわけ強い興味を示したのはジェノバ細胞に関することだった。セフィロスが100年の眠りを経て肉体を再生できたのはジェノバの力なのか?ソルジャーとは何のために、どのようにして生まれた存在だったのか? 今、ジェノバ細胞はどうなっているのか?今のセフィロスに答えられるのは、ごく一般的な事実だけだった。薫の知識と何ら変わりはない。他人の疑問に答えるどころか、自分のことすらよくわかっていないのだ。
薫の立てている仮説のひとつはこうだった。
約100年前、神羅カンパニーの科学者グループが手がけたジェノバ・プロジェクト。“約束の地”を探すためであれ、“ソルジャー”を作り出すためであれ、仮死状態のジェノバから取り出した細胞をこの世に甦らせたことによって、星の生態系と環境は大きく変化することになった。本来この星には存在していなかったDNAが生物界に持ち込まれたためだ。その影響が長い年月をかけて連鎖的に異変を引き起こし、やがて星全体を覆う異常な変化が起こったというのだ。
つまり、ジェノバ細胞の本質を深く知ることによって、現在我々が晒されている惑星規模の危機に対する打開策が見つかる、と。
ただ、この仮説に従って研究を進めていくには、ジェノバに関する情報が決定的に不足していた。ジェノバ細胞そのものも今は手に入れることができない。シンラ共和国が保有する古い資料から集めたデータだけでは、例えばの話、セフィロスやクラウドのようなソルジャーを作り出すことはできない。それほど残された情報は少ないのだと言う。
熱っぽく語る薫を見ていると、まるで今この世界に起こっているありとあらゆるトラブルを一人で解決しなければならないと、そんな覚悟を決めているような切迫感を感じた。いかな天才といえどもそれは荷が勝ちすぎているというものだ。薫の天才ぶりが宝条家の血筋によってもたらされたものなのか、セフィロスにはわからない。ただ、真剣に議論を持ちかけてくる熱いまなざしに、気持ちがふっくりと和むのを感じた。
デッキに突き出した伝声管に片耳をピタリとつけてじっとしていたナナキにセフィロスは問うてみた。
「大空洞の底で見た黒い霧、俺が目覚めた時には無かったがどうなった? 消えたのか?」
「……うん、セフィロスの身体に吸い込まれていったよ」
「そうか」
やはりそうだったのか。黒い霧の正体については慎重に考えなければならなかった。失われてしまった記憶の大部分を、アレはどうやら持っているらしい。単純に自分自身のもうひとつのペルソナの幻影を見たのだとは思えなかった。セフィロス自身の姿形をとったと認識したのは自分だけだが、“黒い霧”として完全に実体化したところはナナキもマルサリスも見ていたのだ。どうしても、己の体内にまだ残っているはずのジェノバ細胞と関連づけて考えてしまう。
薫はジェノバの秘密を知るためにどうしてもニブルヘイムの古い研究施設へ行きたいのだと言った。
───かつて宝条博士がまとめ上げたジェノバの研究を掘り起こし、さらに押し進めることが、今この星で起こっている様々な異変を解明する手がかりになると思うんです。
真摯な目をした黒髪の青年は熱っぽく語った。
「ジェノバか……」
セフィロスは1人つぶやいた。
飛空艇はいつしか内海をあらかた越え、左前方にノースコレル山脈がうねっているのが見渡せた。その手前からずっと南に向かって延々と連なる半透明の壁が確認できた。夕陽を受けて、キラキラと輝いている。
なるほど巨大だった。“シールド”だというには常軌を逸した巨大さを持つうえ、よく見るとその障壁は揺らぎを見せていた。厚み、高さ、硬度などが変化しているのだろう、極地で見かけるオーロラのように刻々と姿を変え、生命あるもののように見る者を惹き付けてやまない美しさだった。
これだけのシールドを維持するのに一体どれほどの魔晄エネルギーと魔力が必要になるだろうか。クラウドはこのシールドにどのようにかかわっているのだろうか。どれほど強大な魔力を手にしていようと、たった一人の力でこの巨大なシールドを十数年に渡って支え続けることなどできない。
───無事でいるのだろうか。
夢の中のクラウドは決して安らかな姿では現れない。
◇◇◇
東の空が朝日の予兆を感じさせる頃、ブリッジに慌ただしい動きがあった。セフィロスが気配を察して居住スペースから顔をのぞかせると、クルーたちがすがるような目を向けてきた。
「セフィロスさん、レーダーを見ることができますか?」
艇長が指し示したグリーンの円の中には明滅する小さな点の集団があった。
「これは?」
「わかりません。飛空艇にしては小さすぎますし、戦闘機にしては速度が低すぎます。10分ほど前にレーダーで捕捉しました」
「距離は?」
「150km。約30分後に進路が交差します」
「高度差は?」
「現状では約500mです」
「衝突回避のルールはあるのか?」
「はい。航空機同士の場合なら、まず交信します。交信できない場合は、国際航空法に則った回避行動をとります。今回の場合、進路の優先権はあちらにありますが……。相手が何者なのかわからないので、困っていたのです」
「モンスターの可能性は?」
「モ、モンスターですか!?それは……」
「ナナキ、夜目は利くほうか?」
セフィロスは厳しい表情で背後を振り返った。人の多いところではだんまりを決め込んでいるナナキだったが、思わず返事をしてしまった。
「さすがに100kmは無理だよ!それにまだ真っ暗だよ?」
「そうだな。しかしデッキに上がっていてくれるか? 姿が確認でき次第教えてくれ」
「わかった!」
ナナキがブリッジを飛び出していった。
ブリッジに残ったセフィロスはクルーたちと一緒に無言でレーダーの光を見つめた。
「高度も、速度も一定していないな」
「そうですね」
「やはり、モンスターの可能性が高い。あと何分ある?」
「15分です」
「最悪のケースを想定しよう。モンスターがこの機を襲ってくる、そのつもりで回避だ。選択肢は?」
「このまま高度を上げてかわしましょうか。いや、速度はこちらのほうが若干上回っていますから……そうですね……内陸部へ進路を変更しましょう。逃げ切れると思います。ロケットポートに救援を頼むこともできますし」
「そうだな」
セフィロスは頷くと、伝声管からナナキに話しかけた。
「ナナキ!!どうだ?」
「何にも見えないよ。だけど、あっちのほうからイヤ〜な感じは押し寄せてくるよ。オイラはモンスターだと思うね。それも、かなりヤバそうな」
「俺は今まで2度モンスターの襲撃を受けている。今回がそうでなければいいんだが……」
ブリッジからもあたりがようやく白々と明るさを増してきたのがわかった。
「セフィロス!!見えたよ!なんだか、どんどん近づいてくるよ? この飛空艇、ホントに最高速度出してるの?」
セフィロスは計器を覗き込み、艇長と速度の確認を終えるとデッキへと急いだ。近づいてくるのは予想通り、鳥型のモンスターだった。先頭を飛んでいるモンスターの姿がはっきりしてきた。ニードルキッスだ。だが、あり得ないほど大きい。時速200km近くは出ているはずの飛空艇にぐんぐん追いついてきている。数は20体を越えているか。ニードルキッスはこんなに大きな集団をつくって行動するモンスターではなかったはずだ。
セフィロスはこのモンスターたちが自分を狙ってきたのだと確信した。
───近づいてくるまで攻撃できない。しかも……
セフィロスは手のひらをじっと見つめた。どうやらここでは魔法は使えないらしい。マテリアを持っていないセフィロスが魔法を発動するためには自身の魔力の他に、魔晄を必要とする。2,000mの上空では大地に流れる魔晄を引き上げることは不可能だった。
「何ですって!! そんな無茶な! いくらなんでもそんなことは艇長として許すことはできません!」
「それならこの高度のままでも結構だ。ナナキ、お前はどうする?」
「待ってください。低空飛行することを断っているのではありませんよ?パラシュートも無しに飛び降りるなどといわれて、はい、そうですか、と言える人がどこにいますか!私にはこの飛空艇に乗った方全員の安全を考える義務があります。しかもあなた方は虎山会の会長からお預かりした大切な客人です。そんなことを許せるはずがありません」
「それなら、なおのこと俺を飛空艇から放り出したほうがいい。巨大化したニードルキッスの群れだ。俺を狙っている。俺たちがこの飛空艇から飛び出したらすぐに高度を上げるんだ。そうすれば奴らは必ずこちらを追ってくる。ここにいる全員の命を救う方法はそれしか無い」
「そんな……。信じられません。巨大化だの、あなたを狙ってくるだの言われても……」
「アフターブリッジから後ろを見てこい。すぐに信じられるさ」
艇長とクルーたちは黙り込んでしまった。
その瞬間、大きな横風を受け、飛空艇がぐらぐらと揺れた。
「追いつかれたな。ナナキ、急ぐぞ。艇長、少しでも俺たちのことを心配してくれるのなら、高度を少し下げてくれ。きっかり3分後に飛び出すから直ちに高度を上げるんだ。いいな」
セフィロスはそう言い残してナナキと一緒にデッキに駆け上がっていった。
艇長はクルーたちの顔を見た。互いに頷き合うと気持ちを切り替えすぐに飛空艇を降下させる作業にとりかかった。覚悟を決めた以上、意地でも限界まで降りるだけだ。主翼のフラップを垂直に上げ、上昇用のプロペラを停止した。限りなく落下に近い状態で勢いよく飛空艇は高度を下げ始めた。カーゴルームから悲鳴が上がっていた。
「艇長!!2分と45秒経過!」
「よし。離陸用の垂直噴射を使って上昇する」
離陸時専用につけられた垂直噴射のジェットエンジンに点火する。船体が大きく軋むような音を立てて、星の重力に抵抗し始めた。そもそも積載量と燃費だけが取り柄の旧式の飛空艇だ。こんなアクロバットまがいの飛行に機体が持ちこたえてくれるのかどうか、甚だ心もとない。それでも艇長は必死で操舵を続けた。やがて落下のスピードが鈍り、ゆっくりと上昇に転じた。
「モンスターはどうだ?」
「見てください。全部セフィロスさんを追っていきます」
地表まであと数百メートルというところまで降りられたはずだった。それでも自分たちなら命は無いだろう。
「彼らの無事を祈ろう」
あっという間に地表が迫ってきた。叩き付けられるかという時、セフィロスは魔晄の手応えを感じた。すぐさま手のひらにエネルギーを集中させ、パワーを地表に向かって放出した。
ブワーッと強い逆風が巻き起こり、セフィロスとナナキの身体を押し戻すように噴き付けてくる。落下のスピードが極端に弱まり、ふたりは着地の衝撃に耐えることができた。
「奴らは風が弱点だ。使えるマテリアを持っているか?」
「風の魔法ってなんだっけ?わー、雷と土属性はダメだよね? ううー、なんとかするよ!」
セフィロスはさっき地表に叩き付けた風の力を、今度は上空のニードルキッスに向けて放った。次から次へと飛来する鳥型モンスターはまさにニードルキッスの姿形をしていたが、そのサイズは巨鳥並みだ。バリバリと空気を轟かせて雷系の攻撃を連発してくる。セフィロスがその腕を大きく振るたびに烈風がモンスターを襲い、次々とニードルキッスが落下する。
ナナキは上体を低く構えて魔力をためた。空がにわかに暗く翳り、遠吠えの声に導かれて無数の星屑が現れた。巨大ニードルキッスの上から雨のように星屑が降り注いで、残っていたすべてのモンスターが倒れていった。
「リミット技なのか?」
「うん。スターダストレイ。着地した時にだいぶん溜まっちゃってたからね〜。セフィロスのあれは何なの?『ふういん』を持ってればトルネドかもしれないけど」
「名前は何だろうな。……魔晄を引き上げた時、風が必要だと思ったんだ……」
セフィロスは倒れたニードルキッスの身体を検分していた手を止め、大地にその手を当てた。目を閉じて口の中でぶつぶつと何かつぶやいた。
「……エアロ?……エアロという魔法なのかもしれない」
「聞いたこと無いね。オイラが知るかぎり」
「たまたま、マテリアとして結晶化しなかったのか、未発見だったのか。見本が無くては神羅カンパニーも人工マテリアを造ることができなかったのかもな」
「ふーん。ねえ、セフィロスのリミット技ってどんなのがあるのさ。オイラが見たことあるのは『スーパーノヴァ』っていうのだったけど」
「スーパーノヴァ? それを俺が? ……覚えていないな。リミットブレイクの感覚も覚えてない」
「ふーん」
「俺は神羅の兵士の1人だったわけだろう? ソルジャーとして日常的に戦っていたんだろうが、そういう戦いの記憶はまだ戻らないんだ。戦った記憶は……クラウドとの最後の一戦だけだ」
「セフィロス……」
「その時には、俺は普通に刀をふるっていたな」
「…………」
電撃鳥の角をいくつか回収するとふたりは立ち上がって、周辺を見渡した。
「ここはロケット村の近くなのか?」
「そうだね。あっちに見えてる山、あの向こう側にニブル山があるはずだよ。なんだか、逆にこれで良かったかもね。ウータイに渡るよりずっと早くニブルに近づけたよね。」
「さっきの墜落まがいの飛空艇、きっと騒ぎになっているだろうな。下手に街に立ち寄ると面倒だ。このまま山に入るか?」
「そうだね。オイラもそれがいいと思うよ。ロケット村は都会じゃないからね。オイラたちは目立つらしいからさ」
ナナキは声を上げて笑った。
黒々と横たわる針葉樹の森はニブル山脈の北麓にあたる。夜も更けてしまった頃、森の入り口にたどり着いたふたりは、小さなせせらぎの横で火をおこした。短い眠りの中に現れたクラウドの姿は以前に増して鮮明で、その呼び声は強くなっていた。